第133話 お母さんと会話
「こんにちは。錬金術師協会の方達でしょうか?」
マルティナのお母さんらしき女性がこちらを振り向き、幸薄そうな笑顔で聞いてくる。
「はい。私はエーリカと申します。こちらがジークさんです」
エーリカがついでに俺も紹介してくれた。
「お世話になってます。商業街で薬屋を営んでいますギーゼラ・キルシュです」
やはりマルティナのお母さんだ。
「入院中なのに訪ねて申し訳ございません。あの、お身体は大丈夫なんですか?」
エーリカは本当に心配そうだ。
「ええ……ちょっと睡眠不足で倒れただけですので。念のための入院で明日には退院します」
症状は軽いようだ。
だが、睡眠不足か……
「それは良かったです。それで本日は娘さんのことを確認したくて訪ねさせていただきました」
「はい……娘に話を聞きました。私は錬金術などの魔法関係に疎く、正直、どういうことなのかは……」
お母さんからは魔力を感じられない。
この人は魔法使いではないのだ。
「マルティナちゃんは薬専門の錬金術師になりたいそうです。それでウチに来たわけです」
「そうですか……すみませんが、ウチは親戚も含めて魔法使いがいないんです。でも、マルティナには生まれつき魔力があり、それで魔法学校に入れたんです。ですので、本当に魔法関係のことがわからないのです」
そういうこともあるだろう。
魔力は遺伝しやすいが、それでも魔法使いが生まれてくるかはわからない。
逆もしかりで魔法使いの家系じゃない家から魔法使いが生まれてくることもある。
しかし、親なら少しは調べろと思うのは俺だけか?
いやまあ、お父さんがいない複雑そうな家だから思うだけで口には出さんが。
「薬を作る錬金術師と思って頂いて構いません。魔法で薬を作るわけです」
まあ、合ってる。
「そうですか……昔から手伝いとかをしていましたし、その影響かもしれませんね」
「それはあると思います。ウチの父は船大工ですが、兄も興味を持ち、同じ道に進みました。子供は少なからず影響は受けるものだと思いますね」
エーリカの家って船大工なんだ。
こう言ったらなんだが、意外だ。
「そうですか……私としては娘が選んだ道ならその道に進んでほしいです」
え? 家業は?
「あのー、立ち入ったことを聞きますが、家業の薬屋の方は……?」
「ん? 薬専門の錬金術師になるということはウチを継ぐっていうことではないんですか?」
あー、まあ……
「そ、それもそうですね。それまではギーゼラさんが?」
「ええ。やるしかないでしょうね……ウチは昨年、父が亡くなり、厳しくなっています。ですが、歴史ある店を潰すわけにはいきません」
おー……負のスパイラルに入ってる……
良くない意味で見事だ。
「マルティナちゃんにご兄弟は?」
「いません。マルティナの父……私の夫ですが、娘が生まれてすぐに戦死しております」
戦死って……
「え? 薬屋さんでは?」
「あなたはまだ若いから知らないでしょうけど、15年前までは西部の方で戦争があったんですよ。その際に流行り病が蔓延したため、医者や薬師が衛生兵として戦地に赴いたのです。その際に夫は流れ矢に当たったんです」
支部長が英雄になった戦争だな。
「そ、そうですか……すみません」
「あ、いえ、いいんですよ。もうかなり昔の話です。辛かったですが、娘がいましたので」
マルティナが父親のことを聞いても気にしてない様子だったのはまだ赤子で覚えていないからだな。
「辛いことを聞いて申し訳ありません」
「いえ、あなた達も仕事なんでしょうし、何よりも娘のためですから」
娘のため、か……
「すみません……それでギーゼラさん的にはマルティナちゃんが錬金術師になること自体は賛成なわけですね?」
「ええ。正直、魔法学校の入学金も授業料も安くないですが、それくらいの蓄えはあります」
薬師は専門職で儲かるからな。
歴史があるみたいだし、魔法学校も通わせられるだろう。
もっとも、今後は知らんが……
「なるほど……」
エーリカが頷き、チラッと俺を見てくる。
「ギーゼラさん、少しよろしいでしょうか?」
ずっと黙っていたが、もう少し聞きたいことがあるので前に出た。
「何でしょう?」
「もし、娘さんが違う道に進むと言ったらどうされますか? 実は錬金術というのは向き不向きがあるのです。こちらにいるエーリカで言えば、鉄なんかの物を作るのは得意ですが、薬を作るのは得意としていません。こればっかりは好き嫌いではないのです」
「それはわかります。どんな分野でもそうでしょう。私も国語は得意でしたが、数学は苦手でした」
まあ、大きな意味ではそれで合ってる。
「はい。ですので、娘さんが必ずしも薬関係の道に進むかはわかりません。実際、好きだけど、別の道の方が向いているからということで道を変えてきた錬金術師を多く見ています」
嘘だけどな。
本部長にそういう話を聞いたことがあるだけだ。
「それは……仕方がないことかもしれません。ですが、ある程度はできるようになるのでしょう?」
この女、ある程度で満足するような人間か……
薬師も錬金術師もそんな心構えでなれるものじゃない。
「それはそうかもしれませんね」
「なら問題ありません」
うーん……ダメだ。
良い意味でも悪い意味でも人間性が違いすぎる。
10年以上も娘を育ててきた母親と独身で自分のことだけを考えてきた俺とでは話が合わない。
「娘さんはウチで学びたいと言っております」
「そう聞きました……あの、いまいちわからないんですが、勉強を見てくれるうえに給料まで払うって本当ですか? 都合が良すぎるような気がするんですが……」
当たり前だろ。
「正確にはバイトですからね。お手伝いをしてもらうことになるので当然、給料は支払われます。そして、そのお手伝いがそのまま勉強になるんですよ。錬金術は学問ですからね」
「ハァ……?」
わかってないな。
薬師も日々勉強して新しい知識を仕入れるだろうに。
やっぱりこの人、専門家じゃないな。
「本日、訪ねたのは保護者であるあなたの意志の確認です。給料を支払うことになるので当然、ギーゼラさんの同意がいるのです。ただ、これだけは念を押しておきますが、これは決定事項ではありません。支部の長に確認がいりますし、マルティナさんがそれに見合うか精査します。当たり前ですが、娘さんの本業は学業であり、それに支障をきたしてはなりませんからね。問題ないようなら採用ということになります」
そういうことにして支部長に投げよう。
本当は任せてもらっているから俺の裁量で決められる。
「私としては問題ありませんし、お願いしたいくらいに思います」
でしょうね。
「わかりました。話は以上です。お時間を取らせて申し訳ございませんでした」
「いえ、こちらこそ、娘がすみません」
「いえいえ。では、失礼します」
「失礼します。お大事にしてください」
俺とエーリカは頭を下げると、病室を出た。
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