第122話 あ、出世した
支部長室の前に立つと、扉をノックする。
『勝手に入ってこーい』
支部長の適当な声が聞こえたので部屋の中に入ると、支部長がいつものように席につき、新聞を読んでいた。
「おはようございます」
一礼し、挨拶をすると、支部長のもとに行く。
「ああ、おはよう。王都はどうだった? 3人は楽しかったって言っていたが」
あいつらは楽しかっただろうよ。
「そうでしょうね。試験も手応えがあったようですし、あとは王都を満喫していました」
「そうか……まあいいことだ。仕事は大切だが、たまには息抜きも大事だ」
あんたは息抜きばっかりだけどな。
新聞読んでるところしか見てない気がするぞ。
「私も楽しかったですよ。王都に20年以上住んでいましたが、知らないことが多かったです」
「そんなもんだろ。俺だって結婚する前はそうだった。妻に色々と教えてもらったな」
へー……
「そうなんですね……あ、1週間も空けてすみません」
「いい。どうせ仕事なんかないだろ」
悲しいね。
「支部長、口止めされていることですが、支部長には報告したいことがあります」
「まあ、多分、あれのことだろうが、言ってみろ」
あれ? 知っているのかな?
「アウグストの件なんですが……」
「知ってるな。ドレヴェス家の取り潰しだろ? こういう情報は早いぞ。貴族にとっては死活問題だからな」
「そうなんですか?」
「派閥の場合は巻き込まれて連座させられることもある。幸い、ウチの家はあそこと繋がりはないから高みの見物だが、少しでも関係があるところは損切や保身で大忙しだろう」
横の繋がりが強いがゆえか。
「貴族って大変ですね」
「そうだぞ。昨今はたいして権力も持ってないのに責任だけはついてくる。お前は平民だが、将来、貴族の娘をもらうことがあったら絶対に婿入りせずに相手を嫁入りさせた方がいいぞ。今回みたいなことで一番悲惨なのはまったく知らないうえに関係ないのに一族ということだけで連座させられることだ」
それは嫌だな……
理不尽にもほどがある。
「怖いですね」
「怖いぞ。よく覚えておけ。それで? 何があったんだ? あの家がそんなことになるなんて普通では考えられんぞ」
口止めされているが、支部長には言っておいた方が良いだろう。
貴族の繋がりで一番強いのはこの人なのだ。
「色々あるんですが、まず、アウグストが試験で不正を行ったんですよ」
「不正ねー……カンニングではないんだろ?」
「はい。試験官を買収し、結果を改ざんしました」
「大胆だな、おい……国家資格だろ」
ホントにねー。
「しかも、自分の分だけでなく、レオノーラを不合格にしましたよ」
「レオノーラ? なんであいつ?」
「揉めたみたいです」
「それでか……とんでもない奴だな」
支部長が新聞を畳み、腕を組む。
「さすがにそれで本部長が不審に思ったそうです。レオノーラはエンチャントもできる錬金術師で落ちるとは思えませんから」
「なるほどな」
「実際、レオノーラは満点で合格でしたね」
「その辺りは聞かなかったことにしたいな。結果を知る時点で不正だし、報告された時に反応に困るだろ」
やっぱりそう思うのか。
「エーリカとアデーレも合格だそうです」
巻き込んじゃえ。
「おい……」
「良いことではありませんか。お祝いでもします」
「ハァ……ちょっと来い」
支部長が手招きしたので一歩前に出る。
「何でしょう?」
「これでお前が祝ってやれ。あいつらもそっちの方が喜ぶだろ」
支部長が懐から財布を取り出し、何枚もの札をデスクに置いた。
「よろしいので?」
「俺はこれくらいしかできん」
すごく良い上司だ。
口は出さず、責任を取ってくれる。
さらには金まで出してくれるとは……
やっぱりリート支部だな。
「ありがとうございます」
「いい。それよりも続きだ。試験の不正だけで取り潰しはないだろ」
「結論を言いますが、ウチの支部を放火した黒幕がアウグストの家だったということです。動機は私でしょうかね?」
「なるほど……例の議員の裏にはあそこの家か……相当な献金が動いてそうだな」
金か……
「私憎しでそこまでしますかね?」
「それはアウグストとやらの感情だな。魔術師協会の本部長の狙いは邪魔な錬金術師協会の本部長の力を削ぐことだろう」
あー、仲悪いもんな、あそこ。
「クリスの家を狙えばいいのに」
「プレヒト家か? それはそれで動いているんだろ。その辺も調査で明るみになることだろうな」
「アウグストの家は終わりですか?」
「確実にな。この失脚を喜ぶ家は多いし、ここぞとばかりに責め立てる。権力が大きいということはそれだけ敵も多いということだ」
貴族に生まれなくて良かったわ。
「レオノーラとアデーレの家に報告しますか?」
「いや、せん。しても向こうも関わろうとしないだろ。領地貴族は王都の権力争いなんかに興味はないんだ。今回のことは魔術師協会と錬金術師協会の権力争いにすぎん」
「自分のところの娘が錬金術師協会なのに?」
「辺境の一錬金術師にすぎんからな。私もあの2人がここに来た時に向こうの実家と連絡を取ったが、娘が選んだ道だからそちらに任せるの一言だった」
あっさりだな……
まあ、娘とはいえ、大人が自分で選んだ道か。
「今回のことで我々に影響は?」
「ない。王都の魔女の影響力が増したぐらいだ。一番邪魔だった存在が消えてくれたからな。多分、魔術師協会の次の本部長はあの魔女の息のかかった奴がなるだろう。これでこの国の魔法使いはクラウディア・ツェッテルが支配することになる。あの魔女は政治面にも顔が利くし、影響力が大きい。まさしく国の重鎮になるな」
おー……すげー悪人っぽい。
「王都貴族とやらは黙っているんですかね?」
「もはや争えるだけの力がない。年々、力が落ちているうえに最大勢力が消えた。さらにはプレヒト家もついているし、勝ち目がない。こうなったら敵対せずに自分の権力を守ることに力を注ぐだろう。実際、ウチのスタンスもそれだ」
「守りで大丈夫なんです?」
「王都の魔女は貴族じゃないからな。弟子に錬金術師協会での椅子を譲ることはできても政治面での権力を継がせることはできない。だから我々はあの魔女の退場を待っていればいいだけなんだ。もっとも、民主主義がますます進みそうで貴族も微妙だがな」
いずれは貴族連中もあの議員みたいになって生き残るのかね?
もしくは、今のうちに商売でもして財閥となるか…
「わかりました。我々に影響がないなら問題ありません」
「うむ。今は支部の立て直しに力を注いでくれ。せっかく新しい支部になったわけだし、心機一転やり直そうじゃないか」
その通りだな。
「支部長、王都の本部で仕事した際に色々と声をかけたのですが、やはり色よい返事はもらえませんでした」
「だろうな。お前やアデーレが特殊なんだ。無理なものは仕方がないし、今の4人でやれることをやれ」
「わかりました。午後から挨拶がてら軍や役所に行きますので仕事がないか聞いてみます」
「わかった。それでいい」
支部長が深く頷いた。
「それでなんですけど、私って役職なしのひらなんですかね?」
「一応、そういうことになってるな。4人しかおらんし」
「部長はさすがに無理でしょうけど、主任にしてもらえません? リーダーということになってますし」
「ジーク様が素晴らしい御方であり、御三方も推薦されておられました!」
ヘレンがにゃー、にゃー言ってる。
「それもそうだな……基本的に支部のことはお前に任せているし、それくらいの役職はあってもいいな」
話がわかる人だわ。
「いいです?」
「ああ。じゃあ、リーダーということで主任な。申請しておく」
「お願いします。では、私は仕事に戻ります」
支部長に一礼すると、部屋を退室した。
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