第121話 支部長も本部長もいいって言ってるからセーフなんだよ
翌日、ヘレンに起こされ、準備をすると、アパートを出て、新しい支部の表に回る。
すると、玄関のところにヴォルフがいた。
「よう」
「ああ……何してんだ?」
「いや、これから帰るんで一言挨拶をと思ってな」
ふーん……
「アデーレにしろよ」
好意を持っているんだろ。
「それはもうした。お前が最後だぞ」
もう皆、出勤しているのか。
まあ、いつも俺が最後だけど。
「寮がすぐ裏だからぎりぎりまで寝てしまうんだよ」
「羨ましいね。綺麗どころと一緒に仕事をするのは楽しいか?」
3人娘のことだな。
「綺麗どころの部分とは関係ないところで楽しいぞ。本部のような激務でもないし、うるさいことを言う上司もいない」
「いいねー」
やっぱり誰しも上司に思うことはあるようだ。
「来るか?」
「いや、やっぱりそれでも本部が良いわ。錬金術師協会本部に就職することが夢だったし、確かに忙しいが、充実しているんだよ」
「そうか……俺はそれを否定せん。でも、羨ましいとも思わなくなったな」
「いいんじゃねーの? 多分、俺ももうちょっと歳を取ればそう思うかもしれん。先輩も若さって言ってたしな。でも、お前って、同年代には見えんし」
実際、前世のことを考えれば若くないからな。
「アデーレのことはいいのか?」
「お前がそんなことを聞いてくるのは意外だわ。まあ、そこまで想っていたわけではねーよ。学校で有名だったからな。マドンナってやつだ。まあ、高嶺の花だわ」
知らないなー……
「随分とあっさりだな?」
「今は仕事が一番ってこと。それにさっき挨拶した時に王都に戻らないのか聞いたわ」
何を聞いているんだ……
「何て?」
「お前に聞け、だそうだ」
あー……
「一応、師弟だからな」
「あれはそういうのじゃないと思うぜ? まあいいわ。とにかく、俺達は仕事が終わったから帰る。なんとこれから北部だ」
北部……
「戦地か?」
「ああ。膠着状態になったから基地の補修だと。さっさと終わってほしいわ」
「大変だな」
「まあ、仕方がねーよ。だから今回の平和な仕事は良い息抜きになったわ」
仕事の息抜きが仕事。
以前の俺もそうだったな。
「大変だろうけど、頑張ってくれ」
「ああ。お前も別の意味で大変だろうけど、頑張ってくれ。いくら辺境の支部とはいえ、この町の規模で5人はねーよ」
ないなー……
「ヴォルフ、出発までに時間があれば海を見ていけ。自然は良いぞ」
少なくとも、戦地なんかよりずっと良い。
「そうするわ。じゃあな」
「ああ」
ヴォルフは手を上げ、去っていった。
「敗北宣言ですね」
ヴォルフの後ろ姿を眺めていると、ヘレンがつぶやく。
「あいつが何に負けたんだ?」
「ジーク様は勝利なされたのです」
いや、そもそもヴォルフと争ってないんだが?
「まあいいわ。新しい支部に入ろう」
俺達は玄関を抜け、中に入る。
「ほー……」
新しい支部に入ると、前の支部と同じ構造のエントランスだった。
しかし、新築なため、当然綺麗だ。
さらには以前と同様に受付には誰もいないが、その奥の支部長室への扉だった場所はガラス張りとなっており、奥に共同アトリエが見える。
ここからでも3人娘が席について、話しているのが見えた。
「これならお客さんが来てもわかりますね」
「確かにな。あれ? 支部長室はどこだ?」
「中じゃないですかね?」
ヘレンにそう言われたので受付を通り、共同アトリエに入る。
すると、すぐ左に扉があり、支部長室と書かれたネームプレートがかけられていた。
「ここか」
「いずれジーク様の部屋になりますよ」
支部長ねー……
給料は良さそうだけど、議員みたいに変な権力を持った奴がいるし、貴族がなった方が良いと思うんだが……
レオノーラか、アデーレか……うーん……
「ジークさーん、何してるんですかー? 早く来てくださいよー」
支部長室を見ながら悩んでいると、エーリカが呼んできた。
奥には以前と同じように一人一人の作業用のデスクがあるが、4つしかない。
まあ、4人しかいないわけだし、増えたならその都度仕入れればいいだろう。
むしろ、空席がなくなって良しと思うべきだ。
俺は変に納得し、3人娘のところに行く。
3人はすでに席についており、以前と同じ配置である。
「席替えはなしか?」
そう聞きながら俺も以前と同じエーリカの隣に座った。
「私が隣の方が良かったー? 親愛より愛情?」
「対立のままでいいかしら?」
貴族2人が笑いながら聞いてくる。
「ジークさん、いっそお誕生日席に行きます?」
上司席ね。
お誕生日席って言うのか……
「ここでいいわ。そもそも役職的には全員ひらだしな」
「あれ? ジークさん、役職ないんですか?」
「何も聞いてないし、この前の給料明細にも役職手当はついていなかったな」
チームリーダーなら主任手当てがつくし、部署のトップなら部長だ。
まあ、そもそもここってチームも部署もないからな。
「支部長に言ってみたらどうです? どう考えてもジークさんがリーダーじゃないですか」
「そうだよー」
「ジークさん、もらえるものはもらった方がいいわよ」
確かになー……
交渉してみるか。
「ちょっと今回の出張の報告がてら支部長に話してみるわ。そこでいいんだよな?」
支部長室を指差す。
「ええ。私達は挨拶をしましたし、お土産も渡しましたよ」
すでに終わっていたか。
「じゃあ、お前らは出張の復命書と精算書を書いておいてくれ」
「わかりましたー」
「さて、偽造の時間だ」
「実際は遊んでいたけど、ちゃんと仕事したって書かないとね」
3人娘が頷いて、考え始めたので立ち上がり、支部長室に向かった。
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