第118話 そこに御三方がいるからですよー
魔剣作成の仕事も終わり、やることもなくなった俺達は町に出て、買い物や観光という名の買い食いツアーを行った。
そして、そんな休みも終えた最終日の夜、ホテルで夕食を食べ、話をしながらカードゲームをしていると、ノックの音が聞こえてくる。
「よし、誰か来た」
カードをテーブルに置いた。
「ジークくーん、止めている5を出してから行きたまえよ」
出したらお前があがるだろ。
「客だから中止」
「運ゲーは弱い人だなぁ……」
レオノーラを無視し、立ち上がると、扉に向かい、開ける。
すると、そこにはホテルマンがおり、一礼してきた。
「お客様。フロントにお客様がお見えです」
またかい。
「誰だ?」
「クラウディア・ツェッテル様です」
まあ、あの人しかおらんか……
「わかった。すぐに降りる」
「かしこまりました」
ホテルマンがまたも一礼し、去っていったので部屋の中に戻る。
「本部長さんですか?」
「こんな遅くに訪ねてくるなんて急用かな?」
「明日帰るからじゃないかしら? ジークさん、絶対に挨拶をしていないでしょうし」
まあ、そんなところだろうな。
「ちょっと行ってくるわ」
部屋を出ると、階段を降りた。
すると、この前と同じ位置に座る本部長の姿が見えたので近づいていく。
「こんばんは。また遅い時間ですね」
対面に座ると、声をかけた。
「ああ。訪ねるには失礼な時間かなと思ったが、お前らが明日帰るならもう時間がないからな。お楽しみ中だったらすまない」
「いや、いいタイミングでしたよ。カードゲームで負けそうだったんで」
「そっちのお楽しみ中だったか……」
他に何があるんだよ。
「こんな時間になるくらいに忙しいんですか?」
「そりゃそうだろ。アウグストの後釜探しの他にも陛下に呼び出されたり、暗部に聴取されたりだ」
大変だな。
「お疲れ様です。私はその間、遊んでましたよ」
「女共とか? いいご身分だわ」
ほぼ休暇なんだよ。
「仕事はしたでしょ。魔剣は陛下に納品したんですか?」
「鞘と柄がまだだ。納品はもうちょい後だな」
時間をかけるなー。
「まあ、いいでしょう。それで用件は?」
「アウグストの家の件を報告しておこうと思ってな」
どうでもいいんだよなー。
俺としてはレオノーラが合格すればそれでいい。
「どうなりました?」
「例の議員との証拠が見つかったそうだ。他にも不正がわんさか。その中で一つ、お前に関係することがあるから伝えておく。アウグストは人事部長とも繋がっており、アデーレを受付にしたのはアウグストの指示だ」
あー、例の家同士の仲が悪いってやつね。
黒幕はあいつかい。
「そうですか。アデーレには悪いですが、結果的には良かったです」
ウチに来てくれたし。
「まあ、これが悪いのか良いのかはお前に任せる。とにかく、アウグストの家は終わりだな」
魔術師協会は大慌てだろうな。
本部長がしょっぴかれたわけだし。
「ご愁傷様。他言無用ですか?」
「ああ。アウグストの家はでかすぎる。内々で処理し、派閥を解体してからの発表になるから1年は要するな」
貴族は横の繋がりもあるからな。
「大変ですね」
「まあな。でも、リートに帰るお前には関係ないことだ。良かったな」
「本当に良かったですよ」
関わりたくないわ。
「ジーク、私がなんでお前をリートに異動させたと思う?」
「どこのチームも入れてくれなかったからでしょ」
「そうだ。だがな、私はお前に変わってほしかったんだ。だから出世とは縁がないリートに送った」
出世しようがないもんな。
「そうですか。まあ、いいんじゃないですかね?」
「お前は変わった。本当に変わった…………魔導石製作チームのコリンナがお前をくれと言ってきている」
コリンナ先輩か……
忙しそうだったもんなー。
「どうも。テレーゼはともかく、マルタやリーゼロッテは?」
「個人個人の意見は聞いていないが、チームの総意ということらしい。お前はエンチャントが得意だし、人間性が良くなったのなら喉から手が出るほどだろう」
35点でいいのかね?
「ありがたい話ですね」
「ああ。それだけじゃない。アウグストがいなくなったことで飛空艇製作チームにも帰れるぞ」
元いたところか……
「いいんですかね?」
「お前は絶対に知らんだろうが、飛空艇製作チームのリーダーがコリンナの旦那だ」
知らねー……
え? 皆、知ってるの?
「そうですか……」
「ジーク、どうする? アウグストは消えたし、お前が戻りたいと言うなら戻してやることもできる。出世の道が復活したぞ」
確かにね。
そのまま功績を上げ、チームリーダーになる。
そして、いずれはクリスやハイデマリーと争うことになるだろうが、本部長の椅子も見えてくる。
「本部長、ずーっと考えていたんですけどね、出世した先に何があるんでしょうか?」
「何もないぞ。バカ共の面倒を見る責任だけがついてくる。今回のことで私は監督不行き届きで減給処分だ」
そうなのか……
いや、そりゃそうだ。
上司なんだから責任を取らないといけない。
「リートは楽しいんですよ」
「そうか……弟子共はどうだ?」
「良い奴らですね。カードゲームなんていう子供がやることを楽しくしてくれます」
「ジーク……それを人は幸せと言う」
幸せねー……
「……俺、王都に戻ることになったらあいつらに何て言えばいいんですかね?」
ずっと考えているが答えが出ない。
頭の良さだけは世界一と自負しているが、まったく良い答えが出ないのだ。
「悪い。俺は王都に帰ることにしたわ。後は適当にやってくれ」
言えるか、そんなこと……
「ないわー」
「それを平気で言うのがお前だ」
「絶対に言えませんよ」
想像しただけで怖い。
「じゃあ、リートに残るのか?」
「本部で夜遅くまで働くより、リートで適当にやる方がいいでしょ」
給料が下がったとはいえ、3級にもなればそこそこもらっている。
あいつらを高い店に連れていくくらいの金は十分にあるのだ。
「そうか……私はお前にこそ、私の跡を継いでほしいと思っている」
この言葉の意味は重い。
本部長は自分が引退した後の次の本部長に俺を指名しているのだ。
ウチの一門でその椅子を狙うクリスでもハイデマリーでもなく、リートに左遷となっている俺にだ。
「私ですか? 嫌われまくっていますよ」
「それは私も同じだ。でも、仲間もいるし、お前ら一門もいる。お前もそうだ」
俺にも一門がいるし、弟子がいる。
「すみません。自分には荷が重いようです。能力とは別のところの話です」
「そうか……まあ、お前がそう決めたのならそれでいい。リートで適当にやれ」
「忙しいのにすみませんね」
「いい。どうとでもなる」
頑張れ、元同僚諸君。
「話は以上ですか?」
「ああ。その確認をしたかったんだ」
「そうですか。では、これで。本部長もさっさと帰って休んでくださいよ」
「そうだな……ジーク、年末には帰るのか?」
ん?
「なんで?」
「お前な……いいから帰ってこい」
めんど……
「交通費は出してくださいよ」
「お得意の偽出張で来い」
「わかりましたよ……じゃあ、年末に帰ります」
渋々納得すると、立ち上がった。
「ジーク、元気でやれ」
「そら、あんただ。歳を考えろ」
こっちは精神年齢はともかく、身体は健康そのものの22歳だ。
「こっち来い。抱きしめてやる」
「結構。おやすみなさい」
不穏な気配がしたのでさっさとこの場をあとにし、階段を昇る。
そして、部屋に戻り、続きのカードゲームをすると、この日は就寝した。
翌朝は最後の朝食バイキングなため、全員がギアを上げて食べる。
朝食を終え、部屋に戻ると、出発の準備をした。
「忘れ物はないか?」
「大丈夫だと思います」
「最後にベッドにダイブしとくか?」
「大丈夫ですよ。今はジーク様のベッドが恋しいです」
まあ、わかる。
さすがに1週間もいると、家に帰りたくなってきた。
「よし、帰るか」
「はい!」
俺達は部屋を出ると、3人娘と合流し、ホテルをチェックアウトした。
そして、空港に行き、チケットを購入すると、ベンチに腰掛け、搭乗を待つ。
「王都もお別れですね」
「だねー。楽しい休暇も終わってしまったよ」
「こう言ったらなんだけど、試験前のドキドキ感を忘れてしまったわ」
お前ら、ずっと遊んでたもんな。
「また来ればいいだろ」
「それもそうですね」
「鑑定士の試験を頑張るか……」
「遠いとはいえ、飛空艇があれば数時間で着くものね」
ちょっと高いが、偽出張という裏技があるしな。
「王都は楽しかったし、色々と美味かったけど、今はエーリカの飯が食いたいわ」
「わかるね」
「すごくね」
「えー、そうですかー?」
エーリカがまんざらでもない表情で笑う。
「魚食べたい」
「私も」
「私もね。王都はほとんど肉だったし」
王都は内陸だから魚料理があまりないのだ。
「よーし、帰ったらお魚パーティーにしましょう!」
昔、前世で地方に行った時、東京は遊びに行くところで住むところじゃないと言った人がいた。
その時は何も思わなかったが、今はその意味が少しわかるような気がした。
そして、レオノーラやクリスが言っていた『俺はリートみたいなところでゆっくり生きる方が良い』という意味がよくわかった気もした。
ここまでが第3章となります。
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