第011話 歓迎会
俺達は支部をあとにすると、近くの酒場に向かった。
酒場の前に来て、建物を見上げてみるが、安そうな普通の店だ。
「ここですか?」
「ここは飯が美味いんだよ。今日は俺のおごりだから好きなもんを頼んでいいぞ」
支部長がそう言って酒場に入ったので俺達も続く。
酒場の中はそこそこ賑わっており、皆、楽しそうに食べたり、飲んだりしていた。
俺達はそんな他の客を尻目に端の方の空いている丸テーブルにつく。
「ふーん……」
酒場ってこんな感じか。
「なあ、まさかと思うが、酒場に来たことがないとか言わないよな?」
支部長が聞いてくる。
「ないですね。外食もしませんし、酒は家でヘレンと飲みます」
「マジかー……じゃあ、こっちで適当に頼むぞ」
「お願いします。あ、ウィスキーをロックで」
「はいはい……」
支部長は店員の女を呼ぶと、エーリカと共に料理や飲み物の注文をした。
すると、飲み物と摘まめるものがすぐに来た。
「挨拶とかするか?」
支部長が聞いてくる。
「昨日、したじゃないですか……いや、ちょっと待ってください。ヘレン、いるのか?」
確認、確認。
「皆さんに迷惑をかけるかもしれませんが、これからよろしくお願いしますって言えばいいんじゃないですかね?」
うん、お前が言ったな……
「そういうわけです。よろしくお願いします」
軽く頭を下げながら言う。
「こちらこそよろしくお願いします」
「ああ……猫がお前の本体か?」
エーリカが丁寧に頭を下げ返し、支部長が呆れた。
「ちょっと人の心を勉強中なんですよ」
「そうか……それはとても良いことだと思うぞ。乾杯」
支部長がグラスを掲げる。
「乾杯」
「かんぱーい」
俺達は乾杯をすると、それぞれの飲み物を飲み、食事を始めた。
「ジーク、転勤して初日だが、どうだ?」
支部長が聞いてくる。
「仕事が少ないですね。おかげで午後は教師でしたよ」
「ジークさんって教え方が上手なんですよ。すごくわかりやすかったです」
ほっ……ちょっと安心。
「そうか……まあ、徐々に仕事も増えていくと思うが、頼むぞ。お前がリーダーだ」
リーダーはあんただろ。
まあ、天下りの素人に口出されるよりかはいいけど。
「支部長、やはり人材の確保が急務です。本部にかけあってもらえますか?」
「わかった。引き続き、申請は出す。だが、こればっかりは本人の希望もあるし、わざわざ南部に来たがる錬金術師は少ないから難しいぞ。お前が特殊なんだ」
俺は希望したわけじゃないからな。
でも、師である本部長には逆らえない。
「他に良い手ってないんですかね?」
エーリカが支部長に聞く。
「さあな。軍だったら徴兵があるんだが……ジーク、この中でこの業界に一番詳しいのはお前だ。なんかないか?」
知るわけないだろ……あ、いや、待て……徴兵か。
「囲い込みって言うのがありますね」
「何だそれ?」
「私も聞いたことないです」
エーリカもないのか……
「錬金術師協会は国家錬金術師の資格を持っている者しか入れません。ですが、実際は資格を持っていない者も非正規でいます。これが囲い込みですね。要は素質はあるけど、まだ無資格の者を早々に確保することです。これはよく師弟関係の場合にやります」
俺も師匠である本部長に囲われた。
もっとも、在学中に資格を取ったから何の意味もなかったがな。
「他所に取られる前に確保するから囲い込みか……」
「いいんですか、それ?」
エーリカが聞いてくる。
「正規の職員じゃなくて研修のバイト扱いだからな。囲い込まれた方も勉強になるし、win-winなんだ。もっとも、それをされると偏りが出るんだけどな」
これが王都などの都会に有能な錬金術師が集まっている原因の一つのような気がする。
おかげでここには10人足らずしかいなかったし、今や3人だ。
「なるほどな。今のうちに無資格の者をバイトで雇うわけか」
「はい。人手不足ですし、こちらも選り好みできません。学徒動員です」
「学徒動員……軍では悪手中の悪手だが、悪くないな。エーリカ、何か良い感じのはいるか?」
「うーん……魔法学校の後輩の子を訪ねてみようかなー? 資格を持っていない子の方が多いでしょうし」
まあ、難しい試験だからな。
「女か?」
「はい。女子が多いですね」
「ふーん、女ばっかりだな。去年辞めた8人も6人が女だったし」
ん? 知らないのかな?
「支部長、錬金術師は8割が女性ですよ」
「そうなのか?」
マジで知らないっぽいな。
まあ、軍にいた人だし、知らないか。
「ええ。あまり大ぴらには言えませんが、錬金術師は女がなるものって言われていますね」
俺は男だけどな。
「なんでだ?」
「錬金術師っていうのは広義では魔法使いです。つまり魔力を持つ者しかなれません。でも、魔力を持つ男はほぼ魔術師の道に進むんですよ。そっちの方が儲かりますし、かっこいいですからね。でも、その一方で軍に配属されることもあるので危険が伴います。だから女性は錬金術師の道に進むんですよ」
国の北側では隣国との小競り合いが頻繁に起きているし、そちらに配属されることも十分にある。
そうなれば、特に親が魔術師になることを反対する。
「あー……そういうことか。確かにそうなるわな。それで女ばっかりか……お前は?」
「同じ理由ですよ。どちらでも出世できると思いますが、くだらない一本の矢で死ぬのはごめんです」
前世は包丁で刺されて死んでいるからな。
あんなのはもうごめんだ。
「ふむ……元軍人の俺としては情けない男だなと思うな。だが、その反面、それは正解だ。お前は多分、上官や貴族に嫌われて最前線に送られるだろうからな」
アウグストが脳裏に浮かんだ。
「……エーリカ、後輩を誘えるか?」
嫌な想像をしてしまったので話を元に戻す。
「うーん……勉強を見てもらえますか?」
ん?
「エーリカの?」
「いえ、誘ってみる子のです。3級のジークさんが見てくれるって言うなら誘いやすいんですよ。当然、10級に受かることを目指しているわけですから」
確かに3級が教えてくれるっていうのは大きなメリットになるな。
問題はその3級が俺なことだけど。
「ヘレン、大丈夫かな?」
ヘレンに確認する。
「今日、エーリカさんに教えていたように丁寧かつ、相手を傷つけないようにすれば大丈夫でしょう」
その自信がないんだなー……
「まあ、ダメで元々か……失敗して向こうの心が折れてもこちらに損はないしな」
他を当たればいいだけだ。
「ジーク様、その考えはダメです」
「私の後輩ですよー」
「本当に人の心を勉強中なんだな、お前……」
間違えたようだ……
ごめんなさい。
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