第106話 人生とは学習だ
クリスからお土産のワインをもらい、アトリエから出ると、魔導石製作チームの共同アトリエに向かった。
そして、扉を開け、中に入る。
すると、4人の女性が仕事をしているのが見えた。
「……誰だ?」
「……さあ?」
3人はわかる。
テレーゼ、マルタ、コリンナ先輩だろう。
しかし、今日はもう一人いる。
そいつはテレーゼの隣に座っている茶髪の女性だ。
「あ、ジーク君、どうしたの?」
テレーゼが俺に気付き、声をかけてくると、他の3人も俺を見てきた。
「仕事中に悪いな。ちょっと頼みがあるんだよ」
そう言いながらテレーゼのもとに行く。
あまり知らない人に近づきたくないが、テレーゼに用があるから仕方がない。
「何かな? あ、この子はリーゼロッテ。前に言っていた私の弟子だよ」
テレーゼが謎の女を紹介してくれた。
その瞬間、俺の脳内の引き出しを一気に開け、リーゼロッテという名前を思い出してみたが、多分、初対面だと思う。
「そうか。俺はジークヴァルトだ」
「知ってるわよ」
え!?
「すまん……どこかで会ったか?」
「どこかで会ったかと言われれば何度かすれ違った程度ね。でも、話をするのは初めてよ」
セーフ……
「すまんな。記憶になかった。俺はあまり周りを見ないから」
見ないのは人だけどな。
「見ないのは人でしょ。他人にまったく興味を示さないことで有名じゃない」
前にテレーゼが言っていたことを思い出した。
思っていることをしゃべってくれる弟子……確かにそうだわ。
「最近は見るようにしている」
「女性ばっかり?」
ルッツや支部長も見てるわ。
「そう思ってもいいぞ。錬金術師は女性が多いからそう思われても気にせん」
どうでもいいし。
「ふーん……あ、邪魔したわね。どうぞ」
リーゼロッテがテレーゼと話をするように勧めてきた。
「テレーゼ、クリスが帰ってきたことは知っているか?」
「え? クリスさん、帰ってきたの?」
「ああ。さっき帰ってきた。おかげでドロテーの奴が元気になった」
「それは良かったねー。ドロテーちゃん、落ち込んでたもん」
陰気が移るとか言ってきた相手なのに心配していたようだ。
「まあ、確かにそれは良かったんだが、俺が追い出されたわ」
「あっ……あー……クリスさんのアトリエで仕事をしていたもんね」
「そうなんだわ。あいつも仕事が溜まっているらしくて邪魔はできん」
「クリスさんも忙しい人だからね」
この職場にいる奴らは全員忙しいじゃないかって思うレベルだわ。
「みたいだな。それで明日は休みにするんだが、明後日からはウチの3人娘が来るからどうしようかなーっと思って、お前に相談しに来たんだわ」
「うーん、4人かー……ちょっと場所がいるね」
そうそう。
「テレーゼ様、この男、テレーゼ様のアトリエを奪おうとしていますよ」
思っていることをしゃべってくれる弟子は気付いたようだ。
「え? 私のアトリエ?」
「冷静に考えてください。この男は相談なんかしませんよ。ジークさんは本部長と同じで結論ありきで動きます。テレーゼ様に相談しに来たということはそういうことです」
正解。
人のことは言えんが、師匠の足りないところを補ってくれる良い弟子を得たようだ。
「言っておくが、そう提案してきたのはクリスだからな。テレーゼ、実は昨日の試験の時にアウグストのバカがアデーレに絡んできたらしいんだ」
よし、アウグストのせいにしてやろ。
「アウグストさんが? あー……この前の」
階段で会った時のことを思い出したようだ。
「ああ。ちょっとそれで揉めたらしくてな。具体的にはレオノーラとドロテーがケンカを売ったっぽい」
「ドロテーちゃんはわかるけど、レオノーラさんが? ニコニコ笑ってたあの子だよね?」
へらへらな。
「アウグストさんが色々と悪口を言ったようです。レオノーラさんは身内を大切にされる方なので……」
ヘレンが説明してくれる。
「あー、そういえば、レオノーラさんも貴族令嬢だもんね。貴族の子って本当に横の繋がりを大切にするんだよ」
それってアウグストもですかね?
「アウグストなんて放っておけばいいじゃないの。実力主義の錬金術師協会で実家の力を使った時点で終わりよ」
リーゼロッテがまたもや思っていることをはっきり言う。
「あいつ、終わりなん?」
「あなたの代わりに飛空艇製作チームになったらしいけど、相当、煙たがられているらしいわよ。まあ、当然ね。同僚をあんな風に蹴落とす人間とどうやって上手く仕事していくのよ」
一人でやればいいだろと思う悲しきモンスターの俺だった……
「人のことを言えんが、あいつも人間性がヤバそうだしな。普通、試験の日に絡んでこないだろ。ただでさえ、経験が薄いアデーレにとっては鬼門だった実技試験の前だというのに」
めっちゃため息をついてたぞ。
「そういう気遣いができる男ではないことは確かね」
俺だって、気遣いという言葉をようやく覚えたというのに。
なお、実践できているかどうかは微妙。
いかんせん、人間性が35点なもんで。
「そういうわけでなるべく、あのバカと遭遇したくないわけだ。だからお前のアトリエを数日貸してくれ」
テレーゼに頼む。
「うーん……じゃあ、仕方がないのかな? すでにケンカを売ったレオノーラさんはともかく、アデーレさんは貴族だし、アウグストさんを無下にはしにくいでしょうしね」
そもそもアデーレは無視した俺の見送りに来てくれるくらいに優しいからな。
「そうそう。ほら、マルタ。お前も頼め。友人だろ」
興味深そうに聞いているマルタに振った。
「え? あ、そうね。アデーレってアウグストさんのことが苦手みたいだし」
「そうなの?」
テレーゼが意外そうな顔で聞く。
「はい。アデーレはさりげなく気遣いをしてくれる男性が好きでああいう積極的な男性が苦手だそうです。前にそう言ってました」
確かにそんな感じがする。
あいつ、ナンパ本を読んで、こんな男は嫌って言ってたし。
なお、エーリカも言ってた。
「へー……」
「あいつ、ビビりだからな。距離感もなく、急に来られるのが怖いんだろ」
それなのに受付嬢をやらされていたのだから不憫だ。
「だからジーク君とは相性が良かったんだね。君、来ないし、遠すぎるから」
遠すぎて無視してたからな。
「ほっとけ」
「まあ、わかったよ。そういうことなら私のアトリエを使っていいよ。どうせほとんどここで作業しているし」
「ちなみに、今日も使っていいか? 俺一人だけど」
「それはダメ。私の研究成果が置いてあるんだけど、ジーク君は鼻で笑いそう」
笑わんわ。
そもそもお前の研究成果なんて興味ねーし。
「3人娘がいればいいのか?」
「うん。あの子達がいればジーク君も空気を読むもん」
読むな……
「じゃあ、明後日に借りるわ。明日は王都観光なんだ」
「王都観光? あー、付き合ってあげるんだね」
「まあ、そうだな。でも、俺も見てみるつもりだ。王都の観光名所なんて一つも知らんし」
噴水と城と大聖堂だっけ?
「ジーク君……学校で遠足とか研修とかなかったの?」
「そんな意味のないものに出るわけないだろ」
アホらしいって思ってた。
なお、前世も。
「ジーク君、良いお弟子さんを持ったね」
「ジークさん……あなた、錬金術師として素晴らしいのかもしれないけど、もっと大事なことを学びなさいよ」
いやー、テレーゼも良い弟子を持ったな。
完全に本音を言う係だわ。
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