如何にして 75
青い影の光の中に散ったそれらから不恰好な雨粒が落ち、点々と赤を穿つ。神の筋肉質な両腕がアンリを囲もうと伸び切る前に、ショートの腕の中から飛び出た細い身体から発せられた熱い息を纏わせるギイギイと聞き慣れた鳴き声。地面から神の腹を突き抜ける太陽の光の針は、リーシャの針とそっくりだった。
片足でバランスが取れずに転がるアンリは、玩具のようであったしその周りに落ちた膝から下の足と、手首から先の手のひらも、そのような無機物じみていた。
太陽に腹の中を好きに焼かれ、痛みに悶える聞き苦しい神とはほど遠い悲鳴。ショートは、走ってアンリを引っ張り出来るだけ男か女かも分からないものから遠ざかる。それでも悲鳴は空間に響き、反響しどこにいても皮膚に電流のような衝撃を与え続けた。
「アンリ」
されるがままのアンリを上から覗き込むと、目を開いたまま瞬き一つもせずに、空を見上げている。戦慄く唇が、つっかえつつ動く。
「きょう、かいせん、だ。あれだ、あれのせいだ。しょーと、たのむ、あれを神を偽るあれをころせ」
「あれ、は」
ふと、影がかかった。
「かみさまだよ。まちがいなく、かみよ」
腹に太陽の光に刺されたまま左右、別人の表情を浮かべる長身。肉を焼く音と焼ける臭いが腹の中を刺激すると空腹ではなく吐き気がショートの胃の中を満たす。
「ショート、それをころせ」
「神さまなの、私の、神様なの」
定まらないアンリの目が、それでもショートを探している。
「あんたは、」
神の中に、ショートと同い年の少女を見た。それがつれてくる記憶には、神の頸に埋め込まれた精霊石の存在。
獣はいかにして、神を造ったのか。
気がつかないようにすることは、もうできなかった。
「ころすな、って」
エースの教えだ。ショートは、その教えを守れず破ってしまった事を悔いている。だから、ただ影を濃く落ちてくる神を見上げている。
なのに――、
「生きろ! ルクシア」
身体は勝手に動いた。片手を上げ、影を落とす神の胸に重ねて握りつぶす。
「かみさま……」
少女は最後まで神に祈っていた。そして、神を信じていた。疑いなき、信者であった。
独り言分の薄らと開いた唇から勢いよく噴き出た熱い血液。動物を喰らった生臭さは粘着質にショートの額に降り掛かり、ゆっくりと頬を指で辿るように落ちていく。
カルアーの不機嫌な鳴き声。数歩後退り、胸元を握りしめた神はもう、一人きりの顔をきょとんと子供のように目をまんまるにして、今何が起こっているのかわかっていないようだった。胸元を見下ろし、首を傾げて開こうとした口から大きな赤い塊を一つ、二つ。
グラグラ頭を揺らし立っていられない筋肉質の身体は、両膝をついた。
女神がつま先からやってくる。丸まった背中を正そうとした神の背骨はもう、立ち直る事はできずにまあるい線を描く。背後、肩から覗き込んだ女神をわずかに顔を上げて見上げても、神は額を地に擦り付けどんどんと身体を石畳の上に投げ出していく。
キシキシ、笑う声。
喉の奥から溺れた神の声は、しかしきっと誰の耳にもブクブクとしか聴こえなかっただろう。その場に漂う風をかき回さずに、女神の上半身が神に近づく。腰を深く曲げた、少し無理な体制でも苦しそうな様子はなく、ただ牙を口からちらりと見せて笑い続けている。
正面に居るショートには、よく見えた。神の、うとうととした無垢な面立ちは、眠たげ。口からの溺れた音も途切れ、鼻を啜る。
「さみしい」
血をかき分けて出てきた言葉に、今度は女神がきょとんと瞬き、キイキイ鳴いて膝を落とし雑に長髪をかき分け血に濡れた顔を後ろから腕に抱いた。
満足そうに神は眠る。
「あ」
女神は、神の頸に噛みついた。




