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如何にして 69

 塔の周りには、建物は何も無かった。ただ、晴天の空に伸びる高い塔があるだけ。見通しが良いが故に、塔の周りに侍る獣達の姿がよく見える。空に描かれた境界線付近で、アンリはトラックの窓から身を乗り出して獣と相対する。恐れは無かった。

 塔を仰ぐと、微かに見える先端に神の卵があることだけが確かだ。逆に言えば、それ以外に関しては何も知らない。

 何にも知らなくても良かった。

 やることはただ一つ、塔の中にある神の卵を壊す事だけ。壊した後の事は、後で考えることにしている。

「どうしてかしらねぇ。獣共が、そろいもそろってお出迎えしてくれるなんて。私たち歓迎されているのかしら」

 トラックの運転席から手でひさしを造り前を伺うリーシャが、諦めたように座席に背中を預け目を閉じ、腹の前で手を組む。今にも一寝入りしそうな姿。

「隠れるつもりは無かった」

「せこせこ塔に隠れて侵入出来ればそれが一番良かったんじゃないの」

「消してしまいたかったから」

「何を?」

 何をの答えは声を出さずに、アンリは口だけを動かす。

「さて、後は殺し合いだけだ。わかりやすくていいだろう。うちの女神様をお呼びして、この際さっさと突っ込もうぜ」

「あんた、いつの間に脳みそ足りなくなっちゃったの」

 フロントガラスを何度見ても、獣の姿が消える事は無い。

「お兄ちゃんが可笑しくなってから」

「もっとずっと前からあんたの脳みそは足りなかったわよ」

「失礼なやつだな」

 リーシャの責める雰囲気には、やはり諦めがあった。仕方なく、すべてを抱える諦めだ。

「境界線の外側に出てしまった以上、これからは何もかもが足りなくなる一方だし、まぁ早いに越したことはないと考えましょう。脳みそも無ければ勝算も無いけれどねぇ」

 エンジンがかかり、車体と一緒にアンリの身体も揺れ、それと同時に眺めていた獣達も揺れる。

「勝算? ガーランドがいるだろ」

「最低よ、あんた」

 上下四本づつの白い牙が、目の奥でちらつく。アンリは、それを忘れられないままだ。忘れたいとも思わないが。

「そうしたのは、あいつだ」

 アンリは、喉を高く鳴らして笑った。







 晴天の空を憎く見上げる日が来るなど、ショートには想像もしたことはない。清らかな太陽の光の下に、混じりっ気のない影を刻んで塔の前に立つ獣達。人形のような雰囲気は時折動く姿に否定される。

 後ろに置いてきてしまった時間の中には、その中に混じってショートが居た。今はもう、顔を撫でても肌に触れるばかりで仮面はない。そして、ガーランドの肩に乗っかる細い身体は、今とは中身も外見も違うけれどしかしエースであって、彼もまた仮面の中に居た。

 天気の良い向こう側を眺め、仮面を一つ一つ改めエースを、ショート自身を、おじちゃんと親しんだ人達を探すが似た獣は居ても同じはいない。

 不思議だったし、奇妙であり絶えず足元を確認してしまうけれど、足はその場に立っている。

「落ち着かないな。なんだ知り合いでも居たか」

 隣に並ぶアンリは、今にもトラックのエンジン音にかき消されてしまいそうなのに、はっきりとその声は聞こえる。少し鬱陶しかった。

「知らない。知ってるのは隊長とおじちゃん達だけ。みんな居ない」

「エースはそこにいるだろう」

 ガーランドの肩から辺りを見渡す無邪気な笑窪。落ち着かない足で何度も分厚い胸元を踵で蹴っては跳ねる。ガーランドは、何も言わずにじっとして居たし、その足元で上目に見上げるユスティもおとなしい。

「……うん」

 これから何が始まるのかわかっていない喜色の口元は、曇天の下ですら明るい。その者の名前を、ショートは知らない。わかるのは、エースでは無いという事だけ。けれど、それはエースなのだと言う矛盾も腹の中にあった。

「塔の中には神がいると言っただろう?」

 初めてアンリにあった時、そう言われた事は未だ覚えている。

「神を殺すのは人だ」

 そうだ。そして、ショートは思ったのだ。アンリは神に殺されるのだろうと。

「神の死体でも喰らえば、ちっとは滋養強壮になるだろうて」

「ふざけたこと」

「ふざけてるものか」

 正面ではなく、遠い晴天の中に突き刺さる塔を見上げる横顔は、隈とやつれがあっても目を引く力があった。力強く誠実そうに見えるから、ではない。その中に、ちらちらと見えそうで見えないが隠すことも難しい妖しさは顔色にも、鼻筋や目元など顔の造形の至る所に薄くついた影の中にも隠れている。目を凝らして見てしまえばきっと後悔するとわかっているのに、探さずにはいられない。

「なんだよ」

「顔、少し汚くなったね」

「失礼なやつだな! 洗っても落ちないもんは沢山あんだよ、生きてりゃな」

 いつかのように胸を張る癖に、気になったのだろうアンリは腕のこうで頬を擦った。それで取れるものだったらよかったのに、変わらず頬は少しこけたまま。

「どうなると思う」

 空をキッパリと分ける晴天と曇天。ガーランドの胸を踵で蹴っていた足が止まり、キイキイと鳴き声を降らせる。ショートは頭からその笑う声を浴び、そしてアンリも。

「さあ」

 考えても、先のことなどわからなかった。


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