如何にして 63
膝をつく音をたて、アンリは倒れた身体に取り付いた。肩を揺すっても反応はない。横を向いた顔の中、目も口も、きょとんとしたまま。照明を弾くぬらぬらとした血液は、すでに勢いはない。それでも、何もしないではいられず両手で傷を抑えようとした。が、
「っ、」
倒れた身体を払うように逃げた両手が痛い。
血液が熱い。血に触れたアンリの手は、じくじくと疼く痛みに指先が曲げられない。だが、痛みはすぐにわからなくなる。そんな事よりも、ガーランドを揺すり叩き、反応が返ってくることを期待した。
「にいさん、おい、にいさんって」
しつこく、何度も、繰り返す。そうすれば、期待に手が届くような気がした。アンリは、その期待に縋った。
リーシャは、もはや期待に裏切られた表情でどうやってそれを信じればいいのかわからないと、わかるまで倒れた大きな身体を見下ろしていようとしている。
びっこをひきながらやってきたカルアーを抱き上げたショートは、立ち尽くす獣の後ろ姿を見てすぐに、宙に漂う女神を見上げた。微笑みには、平和は無い。かと言って、その反対を見せるわけでもない。ただ、微笑んでいるだけ。その顔を、泣かしてやりたくなった。
「隊長は、こう言うのきっと好きじゃない、よ」
途端、女神は彫刻に変わる。如実に固まった微笑みから伝わる衝撃の強さ。見つめていても、どのように微笑みが真顔へと変わっていったの過程はわからない。惑う目玉は、悪戯を叱られる子供のように言い訳を探しているようだ。だがすぐに口をへの字に曲げ、利き手とは逆の手で、横腹あたりの服を握りしめる。
「怒るよ隊長」
ギイギイ、小さな言い訳。しかし、聞いて欲しい相手はショートではないだろう。不納得を眉間と顎に皺として刻み、女神はガーランドのそばへ足を地につけぬまま近づくとつま先で息絶えた身体を雑に突く。途端、アンリに抱えられている大きく脱力した身体が胸の辺りから跳ね上がった。
電流は死んだ身体に流れ、さらに動かす力を持っているのだろうか。血を流す胸元から、液体をかき回す下品な音が鳴る。血の代わりに光を垂れ流し始めた死体は瞬き三つで、目を覚ます。アンリを突き飛ばし、身体を前に折りたたみ盛大に咳き込み拳大の赤い塊を二、三吐き出す。喘鳴に溺れ自らの両腕で身体を支えありったけの空気を吸い込もうと何度も吸って吐いてを繰り返す大きな身体。
「ガー、ランド?」
まるで偽物に騙された人が、そうと信じられずに、それでも恐る恐る真実に近づくように、伺うアンリの呼び声に、顔を上げたのはガーランドだ。当然だ、たった今この場所で死に倒れたのはガーランドだけしか居ないのだから。
口元を血で汚した涙目の青は、生きていた頃と変わらないように見える。驚愕の目に囲まれ、理解できていない顔で、ガーランドは一同を一度、視線で攫った。
「なんだよ。くそっ、いてぇな何だよこれ!」
「あんた、いま……死んだわよね」
繊細に揺れるリーシャの握る力も無さそうな中途半端に丸まった手の中、指先が指したのは真っ赤な胸元。無言で、自分自身の胸元を見下ろし強張ったまま息を止めたガーランドは、すぐに女神を仰ぎみた。
「――、」
言いたげな口が、不自然に止まり、動きだす。
信じられない出来事を、すんなりと飲み込んでしまった悪い顔色はつぶやく。
「死してなお、従僕」
胸元に手を当てたガーランドをユスティの背中を足おきにした女神は上から嘲笑う。
「あぁ、そうかい」
真を無くした大きな肩、頭が項垂れた。




