如何にして 62
いつもの部屋と頭の中では認識してしまっているショートにあてがわれた一室。本来、ショートの存在はガーランドよりもよっぽど拘束しておかなくてはならない存在ではあるのだが、出来事が重なって有耶無耶なまま。もしかしたら一番、身軽である存在だ。
室内にはいつも通りの顔が、テーブルを注視している。
「戻った」
「本当に連れてきちゃったのねぇ」
しみじみ苦いか甘いか、リーシャの表情からはなんとも判断できない。腕を組んで、大げさについたため息は、呆れだとか疲れ、それだけではない沢山の事が混じっている。
「ま、連れてきちゃったのなら仕方ない」
ガーランドを写した夜空の双眸に星はない。何を望んでいるのかはガーランド自身にもわからない。再びテーブルの上に落ちた夜空に、悄然としたことだけはわかった。
「さて、ガーランドお前にゃ働いてもらうぞ」
居場所のわからぬ空間に、無理やり押し込められた疎外感。逃げ出すことすら許されない。幼い頃、触ってはならないと、母に言われた美しい皿が頭の中に浮かんだ。
「幸い、もはや指示系統なんぞないも同然。であるならば、はみ出しものの俺たちが好き勝手したところで誰も文句は言わない。そうだろ?」
彼だけが変わらない。ガーランドに見せる自信過剰な笑みは、長年見飽きるほどであり振り回される序奏。だがしかし、今まさに目で聞く序奏は酷く耳障りな聞きなれない音が混ざっている。キイキイと人を上から指差す鳴き声が聞こえてきそうだ。
「塔へ行くぞ」
「は?」
別にガーランドは聞こえなかったわけではないのに、愚かと言えばいいか素直と言えばいいか、ショートがアンリの面白くもない命令を繰り返す。
「塔に行くんだってさ」
ガーランドを除け者に、皆、テーブル上に広げられた書き込みに埋め尽くされた地図に魅入られている。どこに何があるのか、きっかけを探さなくては判然としないだろう。キイキイと、今度ははっきりと鼓膜を揺する鳴き声は、ガーランドに向けられていた。自意識過剰では無い、今まで姿が見えなかったくせにどこから現れたのかカルアーを抱いて宙に寝そべる女神は上下四本づつならんだ白く細い牙を見せて眼下に居るガーランドを嘲笑っているのだ。
「お、まえ! ユスティに何をしたんだ!」
濃淡をつけてキイキイ。
「ユスティは、お前のせいで――!」
「やめなさい! あんたまだ言ってんの? 制御出来なかったのはあんたでしょう!」
「違う!」
宙に浮いた身体を引きずり落とそうと手を伸ばす。それをアンリが遮ろうと手を伸ばすがそれよりも早くガーランドの手は重たい衝撃に叩かれ、テーブルに落ちた。咄嗟に落ちた手で身体を支えなければ倒れてしまっていたほどには、強い力。
「ヒニャが!」
「今はあんたもヒニャだろ」
力のこもったガーランドの指先は、白くしかし赤く。彼の見る世界はセロファンから透けた光が差し込んだように、全てに赤が覆いかぶさる。それは、彼の頭のなかもそうだった。
「うるさい」
同類を嫌う憤怒。視線の高さは同じであってはならないのだ。その理由に気がつけたのなら、また矮小で無関心な傲慢に心臓を冷やしていたなら。
「お前らと一緒にするな!」
だが、ガーランドは考える事なく激情の操るがままに爆発した。
心臓からこぼれだす赤い光。それは、床に粘着質な糸を引いて落ち、その瞬間に全てを燃やさんとする眩い炎となった。瞬く間に室内を満たす熱の息苦しさ。歯を食いしばり、暴れる激情に身体を壊されるのを耐えるガーランドの口元からも荒々しい赤い湯気が吹く。
「落ち着きなさい!」
白い光が宙から降り、赤い光に触れた途端、黒い屑となって散っていく。
「ガーランド!」
アンリの声も、彼の光も届かない粘着性のある赤は床を這いつくばり、焦げ跡を残しながらついていけていないショートを飲み込もうと高く持ち上がる。
黒い毛玉がガーランドの目の前に飛んできた。針のような瞳孔がまんまるの満月に変わる。振り下ろされた爪が、赤とぶつかり合う。嫌なにおいが、辺りに充満した。カルアーの爪が溶ける臭いだ。
「カルアー」
現実感の伴わない呟きを聞いたショートの身体が勝手に反応する。光の脇を抜けようと無防備な半身を晒せば、赤い光は心音を立てて震え、崩れるように枝垂れかかった。
真っ赤な光を通して見たガーランドは輪郭が歪み、湾曲して得体の知れない溶けかけたチョコレートのよう。ただ、青い目の色だけが変わらず、赤を羽織って紫に光っている。
汗すら蒸発させる赤い光が、ショートに触れる瞬間、ギイギイ聴き慣れてしまった鳴き声が部屋の各方面に叩きつけられた。
大きなものに膝の辺りを押され背後に尻餅をついたショートが見上げた、獣の背中は大きい。二つ足で立ち上がり、喉を低く唸らせ赤い光を噛みちぎるユスティは、炎の目でガーランドを睨みつけた。
「ユスティ、おまえ――」
話を聞かぬと、獣は吠える。毛の端々からこぼれた炎は赤い光の中を雷鳴の如き素早さで駆け抜け、ガーランドの胸を一直線に打った。のけぞる大きな身体、はたと、誰かの瞬きの空白ののち噴き出した血飛沫が部屋の温度をさらに上げる。溢れる源泉を無くした赤い光は、瞬く間に潰え残った赤は、ガーランドの身体から漏れる液体と、ユスティの体に毛玉のように取り付く炎だけ。
「兄さん!」
悲鳴は迫真。
アンリの中身をはじめて垣間見た気がした




