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如何にして 61

 自身の心臓の音と振動で目が覚めた。

 覚醒した意識と眠りに囚われたままの身体が上手くかみ合わない違和感はあれど、気に留める余裕はどこにも無い。本人と他人の間にある両腕に力を込めて身体を起こし辺りを見渡す。暗やみの中に混じった視力を惑わそうとする目の中に残った明るさは、意識が混濁している錯覚を覚える。その中へ目を凝らし、ようやく目の奥に張り付いた景色は、冷たく湿ったかび臭い室内。ガーランドの他には誰もいない。

 その見慣れぬ室内が、拘束されている一室だと認識してようやく安堵にゆるんだ呼吸を繰り返す。べとつく汗は、身体の至る所から噴き出し、肌と服を貼り付ける。

 逸る心臓の音が、耳の中で聞こえた。思わず強張った骨の節々、躊躇する手はしかし、怖いもの見たさなのか、それとも確固たる安心を求める確証主義であるのか、意識と身体とが互いにかみ合わないままに胸元を撫でる。変わった感触は、手にも胸元にも無かった。

 それなら、と襟元を指でひっかけ中を覗き込むも、薄暗い室内ではよく見えない。そのことに、同量の安堵と不満があったが、しかし、薄暗さを無意識ながらに求めているのを彼自身気が付いていない。

 先ほどの夢。夢とするにはあまりにも生々しい嫌悪と恐怖、それから諦念、そういったガーランドから毟り取っていくものが多すぎた。かといって、現実感はほんの少し足りず信じるには値しない。

 どっち付かずであることがガーランドの首を徐々に絞めていく。そして、灯りの足りない室内は、時にガーランドに優しい一面を見せるがその反面、反対の顔は彼を苦しめる。その顔を変える時分はあまりにも早すぎて、心臓は一向に大人しくならない。それもまたガーランドの首を絞める要因となった。

 汗か、それとも室内の湿気かで冷たい袖のあちこちに頬や額を擦りつける。汗とカビの臭いと、ほんのりユスティの残り香。ガーランドにいつだって優しい精霊は、無事だろうか。その疑問を頭に浮かべてしまうと、さらに首はしまっていく。

 頭の中心部は、ずっとぼんやりとしていた。これからどうなるのか、というまず手始めの不安に光を当てても輪郭ははっきりとせずに見ることは叶わない。そのせいで、死は誰がもたらしたのかというガーランドにとって何よりもはっきりとさせたい問題も、すぐに見えなくなってしう。ぼんやりとしているという事だけしかわからない。

 壁に背を預け、膝を抱える。何も考える事はできないとわかっていても、無作為に何かを考えようとして、しかしぼんやりと終わっていく。苦痛のような、暇つぶしのようなよくわからない時間だけが過ぎ去っていく。無意味だとだけは思いたく無くて、必死にその答えから目を反らし続けていると、段々と誘われる逃避の眠気。

 瞼が気持ちよくくっつく。何とか開くが、また上まつ毛と下まつ毛同士がお互いを求めてひかれあう。

 ぼんやりとしている頭はこんな時は嫌に積極的に眠りたがる。もう、目を閉じてしまおうとしたとき、眩い光が差し込み眠ることを許してはくれなかった。

「おう、お兄ちゃん。生きてるか」

 光の中から、生まれた。そのように見えてしまった。

「アンリ」

 被虐の目は、しかし、ガーランドの表面を撫でる時、わかりやすく案じていた。自信の現れた存在感は、薄闇を暴きその中に蹲るガーランドを手招く。

「出てこい」

 言われるがままに立ち上がり、すぐに動きは止まる。

「出ていいのか?」

「お前さ、こういう時だけ変に頭使うんじゃないよ。出てこいって」

 寸の間、ぼんやりとしている頭の中心部と考えようとする力が拮抗し、ガーランドは腰を持ち上げた。

「考えろっていったのはお前だろう」

「時と場合を含んで考えてくれよ、馬鹿なお兄様」

 アンリが掲げたライトに誘われるままに牢から出る。狭い廊下は、鉄の色をしているのにどこからも土と黴の臭いがあった。アンリの背中は有無を言わさずガーランドは何も考えずに後についていく。階段を登っていくと段々と明かりが増え、いつの間にかアンリの手の中にあったライトは光を発していない。こもった空気の中に、外気の匂いが交じり始めた。見張り番の居ない広間を抜けさらに階段を登っていく。終わりに待ち構えていた扉をアンリが開いた。

 鉄扉の隙間から見えた空。そのまま、外へと出ていく。

 空とは広かったのだと、ガーランドは感慨深く見上げた。どこまでも、続く蒼、遠くに薄く張り付いた雲があるおかけで、大地から生えた自然、人工物との区別がつく。それが無ければもしかしたら、世界はどこまでも空で出来ているような気さえガーランドにはしている。

「なにあほ面で空なんて見てんだ。早くいくぞ。正直言うとな、お前を外に出してる所を見られるとまずいんだよ」

「おまっ……!」

 見られてはまずいといいつつ、どうしてアンリの表情は奇妙な程に輝いている。

「静かに大人しく後をついて来いよ、おにーちゃん」

 喉を膨らませ、しかし声を上げる事なく笑う。眼鏡の奥の目の形だけで碌でも無い事をやろうとしていることがわかる。

 ふと、既視感があった。堂々とガーランドを引き連れて、隠れるそぶりのない背中を、肩を縮こまらせながら追いかけようとして本当にこれでいいのか、ガーランドは己自身に問いかける。ぐるぐると円環は答えには辿り着かず、待ってはくれないアンリを追いかけた。

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