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如何にして 60

「なぜこうなった。俺のせいじゃない、ユスティのせいでも無い。全部、あいつのせいだ。あいつのせいなんだよ」

 抱えた頭の上に、闇がある。暗く湿り気の臭いに混じったカビ臭さと、底冷えの冷たさ。不思議なもので、寒い季節では無いのに底は寒く、そこから少し上の方は息苦しい暑さがあった。

 だが、ガーランドの身体は寒さに震えることもなければ、暑さに汗をかくこともない。しかし、湿った皮膚の表面はこの閉じられた空間が身体と一体化してしまったようだ。とは言え、彼がその事に気がついてなどいないのだけれど。ずっと頭の中で罪の意識が手と手を繋いでグルグルと円をかいて、真ん中に女神の姿を置いて指を突きつける。

 お前のせいだ。と。しかし、真ん中に居るはずの女神は気がつけばユスティの姿に変わり、ついにはガーランドの姿に変わり、お前のせいだと、炭を抱えた目や恐れに視点を揺らす目は言う。

「俺じゃない」

 その度に、否定を繰り返すが、だがどこかでは自分のせいなのかもしれない、とガーランドは自らの内側に目を向け、すぐに目を瞑った。

 ユスティはそばには居ない。リーシャに拘束されてすぐに奪われてしまいどこに居るのかわからない。それ故に、最悪の事態は、こうなってしまっているさ、とガーランドに囁く。

 もう、処分されてしまっているさ、と。

 その声に何度となく目を強くつむり、否定を繰り返す。

 閉じられた鉄格子の中は暗い。最低限の灯りもない。周りに人の気配も無いと言うことは、捕虜を捕らえている場所とは違うのだろう。一人きりの暗闇は、だんだんとガーランドの至る角を削っていった。そうすると、今度は先程とは真逆のことを考えるようになる。

「俺のせいだ、俺がやったんだ」

 赤々轟々燃える炎が人を喰らう。ユスティも、空から降った赤い星も、人を美味そうに喰らった。そこで傷ひとつなかったのはガーランドだけ。リーシャもヒニャの獣と同じようにユスティやガーランドから溢れ出した光に噛みつかれた。

 心臓の光。ガーランドの生きる証。

「これが、ある限り――」

 きっと、ユスティは見境なく人も獣も等しく食い続けるだろう。

「いやだ、ユスティ、いやだそんなん」

 優しい精霊。母に期待をされなかったガーランドを、信じそばに居続けてくれた、ガーランドのだったひとつの希望と期待。ユスティが居たから、アンリを憎まずにいられた。ユスティが信じてくれたから、ガーランドは自分自身を見限らずにいられた。しかし、優しいユスティはもう居ない。血を好む獣がガーランドのそばで、彼を無視して好き勝手に暴れる。

 喉に両手を巻き付ける。呼吸に微動だする喉仏、暗闇を切り裂かんばかりの脈と、熱。

 眠るように目を閉じた。

 そのまま、両手を閉じる。

「っ……」

 苦しさ痛み、行き場を塞がれた血流が米神の血管を激しく叩く。瞼の裏で、薄雲のような白さが見えて気が遠くなる。両手から抜けそうな力を、必死に繋ぎ止める。

 あれは、ユスティでは無い。ユスティを操った何か。もし、何かに操られている最中でも優しい精霊に意識があったとしたら。

 なんと残酷な事だろう。

「くそくそっ、くそ」

 両手から力が抜けた。苦しみの涙は浅く目尻にたまる。

 何もできなかった。ユスティの力を制御するべきガーランドは何もできなかった。精霊の身体を乗っ取り操る何かを制御することも、ユスティの力を制御することも、何も。

 たった一つ、アンリに優っている事があるとするならば、精霊と契約ができた事だけであったのに。

「おれは、なにもできない」

 今回の事で明らかになったのは、今までガーランドが制御していたと思っていたユスティの力は、精霊が憐れんだが故に扱わせてくれていた力だったという事。

 期待などされなくて当然だ。アンリだったら、ユスティを傷つけることなどなかったかもしれない。

 冷たく湿った床に、力を抜いた身体を放った。衣服が吸い込む冷たさが肌の温度を奪っていく。何も考えたく無かった。考えたところで、ガーランドには何もできないのだから、考えるだけ無駄なのだ。

 目を閉じた。ユスティは瞼の裏で尻尾を振るたびに、ガーランドの目元から高温の涙が肌をくすぐっていった。

 どれほどそうしていたのだろう。気がつけば、少しの間寝ていたような気がする。

 こんなんでも寝てしまえるのかと、失望に身体を起こすと目の前にぼんやりとした光が立っていた。

 先までこんな光はあっただろうか。不思議に思い重たい頭を持ち上げれば、女神がガーランドを見下ろしている。

「お、まえ!」

 細められた両目の中にはまった、新緑色。その中にガーランドがうつっているのがわかる。砕けた一対の羽は広がり、辺りをぼんやりと照らしている。壁は見えなかった。

「お前のせいでユスティがおかしくなった、何をしたんだよ!」

 ふと、今になって気がつく。女神は、裸体だ。真っ平らな胸元が、息を吸い込んで膨らむ。そして、座り込んだガーランドの胸元を指差した。指の足りない利き手だ。

「な、んだよ」

 薄く唇が開き、平和の笑みと白い牙が見えた。指先は、ガーランドの胸の真ん中あたりをつつく。するとどうだ、身体全身に響く血液の流れる音と服の隙間から漏れ出す光。

「言っただろう? お前は死んでなお俺たちに従僕するんだ、と。考える必要なんて無いんだよ」

 どこまでも貫きそうな声音は半笑い。

 胸元に手を当てる。伝わる脈動は、大きいのにだんだんと速さを増し、しまいにはガーランドの中から飛び出してきてしまった。

「なんだよこれ」

 胸の前で浮き上がった光る心臓。その中に、影となって映る何か欠片のようなもの。

 キイキイと笑う声に、動きの悪い首を動かし女神を見上げる。平和を見せる笑みはなく、被虐に歪んだ悦が頬を丸め、キイキイ、それは笑う。ガーランドを指差し、牙を見せて無邪気に笑う姿は、女神なんてものではない。

「悪魔め」

 ガーランドのつぶやきに、声は途切れた。だが、笑う顔はそのままだった。

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