如何にして 59
人の営みが消えた。
残ったのは、わずかな人命。だが、根付くための力はない抜け殻は、ぐつぐつと燃え滓を燻らせる荒れ果てた場所にあると茶色に変色くした枯草の姿を背負う。
好きに跳ねて飛んで、人を食らったユスティは満足を遠吠えにすると、ガーランドの元へ帰ってきた。水気の代わりに興奮を身体からふるい落とした後、眠るように刀身に姿を変え彼の手の中に。その頃になってようやく、尾っぽを掴む感覚が戻ってきたが、長らくを共にしてきた精霊の名を呼ぶことに躊躇を覚えてしまったのは当然ことだろう。
人の臭いがどこからも漂う。人の燃える臭いに麻痺した嗅覚が、それが平常であるかのように悍ましい異臭を受け取る。詰まることなく呼吸を繰り返し、しかし、足元に転がる黒炭が何であるのか理解したがらないせいでガーランドはその場から動けない。
その場で身体的に無傷であるのは、ガーランドだけ。獣も民間人も、同じ軍に所属するものも等しく彼の赤い光とユスティは喰らい、傷つけた。
「最低最悪ってこういうことを言うのかしらね」
吐き捨てたリーシャも、酷い有様だ。服から覗く皮膚の大部分は、焼かれ皮膚が萎縮している。それでも、まだいい方だ。酷いものの中には、溶けたもの、一つの体が複数に分けられてしまったもの、黒い炭に変わってしまったもの、そう言う人たちも大勢いる。リーシャの片耳は、元には戻らないだろう形に溶けた皮が歪んでいた。
思い出した吐き気は、だがぼんやりとした身体には上手く伝わらなかった。
「どうしてこうなった」
この災禍の原因はなにか。ガーランドは、必死に探す。
「……ユスティを制御できなかったせい」
「ちがう」
「何が違うの! この様を見てみなさいよ」
「ちがう、ほんとうにちがうんだ」
この有様を作り出したのは、ユスティではない。ガーランドにははっきりとそうわかる。だが、見た目はユスティなのだとリーシャは言う。
「ガーランド、優先すべき傷ついた人は、あんたじゃないの。可哀想だと自分を慰めるのは後にしてちょうだい」
怒りとも恐怖とも似て非なる何かがガーランドの中にあった。それが鼓動と一緒に体を巡る。
「……拘束させてもらうわ。制御できないのであれば、自由にはさせておけない」
違うのだ、と喉は半端に声を作りかけ、止まった。
向けられるさまざまな目。一つ、二つと目が合う。
黒い炭を抱いた子供の眼差しには、いたいけもあどけなさもない。溶けて無くなり、新たに生まれたのは復讐という生きる理由。
とてもよく似ていた。初めて、彼がそこに居るのだとその時に肌身で理解したのを覚えている。獣を殺すために獣に堕ちたのだと言ったショートと子供は、よく似ていた
「誠に遺憾である」
「何がよ。あんたのマザコンお兄ちゃん? それとも、ユスティ? あぁ、それとも私?」
冷えたリーシャを前に、アンリは口を重たくつぐんだ。
帰ってきたと思えば騒がしく人が行き来し、落ち着く間も無くリーシャが部屋に入ってきて、騒動を語ったすぐにアンリが苦々しい顔を浮かべ呟いたけれど、その後はリーシャの前では続かないらしい。ショートは、ベッドの上でカルアーを枕と間違えていそうな態度で寝ている姫さまの後頭部の辺りで不機嫌そうに揺れる黒い尻尾を宥める。大人しくなったのも束の間、すぐに尻尾は柔らかく衝撃少なそうな音を立てて姫様の頭を叩く。そんな事をされては姫さまも寝てはいられないのだろうが、わざわざ寝返りをうって楽しげに尻尾を顔面で受け止めていた。
「あのね、制御できない精霊と契約してるものをほいほい自由にさせておけるわけないでしょう? たとえアンリが私を酷いやつだと指差しても、」
不自然にリーシャは、歯と歯を合わせ、顔色悪い目元を強く擦った。それでも拭えぬ青ざめた肌には良からぬものが染み込んでしまって居るようだった。
「なんだよ、変なところで止めんなよお前」
噛んだ歯も、顔色も、その意味を遠からずアンリはわかって居るはずだ。大まかと言え、何が起きたかをなぜガーランドが拘束されてしまったのかを聞かされたのだ、少し想像を広げれば見えてくる景色があるはずだ。
ショートには、その光景が見えた。リーシャの歪んでしまった耳介や聞かされた話を元に頭の中で、燃えた街を作って眺めたのだ。わざわざ、止まった言葉の先をあえてわかりやすい言葉として望まなくてもいいはずであろうに、アンリはそれを望み挑む。
可哀想だ。揺れる尻尾を追いかけ、ショートは唇だけを動かす。
「ガーランドは、もっともっと指を指されてる。人殺しだってね」
「そうだな」
たったの四文字を、どうしてそんなにまで苦痛の音にできるのだろう。アンリの喉には、刃物が、棘が、鎖が、沢山ついていて彼自身と彼の言葉を傷つけるのだろうか。ショートは尻尾に人差し指を囚われながら、肩越しに振り返った。辛いだとか、悲しいだとかが絵に描いたように顕になった姿は、おいそれと口を挟める隙間は無い。息を潜める事を強制され、仕方なく静かに肺の中を空にする。
変なの。そう呟きそうになり、もやもやとした疼きに苛まれ、不機嫌に片足を落としてしまいそうになったけれど、尻尾を追いかける姫さまの両手、特に、指の足りない包帯に固められた手を見ると、どうでもなくなった。だが、そうであっても、音を充てなくてはモヤモヤとしたものは満足しないらしい。仕方なく、誰にも聞こえないように小さく呟く。
「変なの、人殺しだってさ。今更だよ、変なの」
一息に吐き出してしまえば、顕著に身軽になる。ショートは、後のボソボソとした燃え滓臭い話をなんとなく聞いていた。




