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如何にして 54

 ご機嫌に揺れる尻尾は、何度もショートの腹の上を行ったり来たり繰り返し、喰まれていない耳が細かく動いて視界の端をくすぐった。

 リーシャは、線がなくなったらどうやって生きていくのだろう。そんな想像をする。地図を見ているフリをしながら忍び見たリーシャは、強張り溶けきっていない目元のまま静かにガーランドの話を聞いていた。

 線のない世界とは、そこに生きる彼女はどうなのか。だが、どうしてもショートの想像した空々しい線のない世界のどこにもリーシャの姿はいない。アンリの姿もだ。ガーランドだけが、「めんどくせぇな」と言いながら、頭の中の世界で立っている。

「神さまが、あちこち境界線の外に赴いては慈悲という死を与え回ってる。お前らが、ちょっと前に行ったってぇ街にも降りたそうだ。街が残ってるかは知らんがな」

 地図を見てもどこの街かは、わからなかった。アンリは姫さまを、女神さまの格好をさせて色々と回ったから心当たりが多すぎるのだ。わかったように薄めに頷いたアンリは、足を組んでゆらゆらと、地面から離れた足首を揺らし始める。

「従順にしてても殺されるとだんだん理解してきたんじゃないのか?」

「さぁて、どうだろうな。どうだろう、慈悲を与えられたって考えるやつも居るだろう」

 勢い強い失笑。全く理解のできないとアンリの片手首は翻って、停滞した空気をその場だけをかき回す。

「まぁ、なんだ。神様とやらが慈善活動に励んでいるのであれば、とっとと境界線のある塔に乗り込んでしまえばいい」

「乗り込んでどうすんだよ」

「壊すんだよ」

 当然の事のようにアンリは言うが、ガーランドとリーシャは、それこそ理解できないと言いたげだった。

「境界線を壊してしまえば、神と言う存在は不必要だろ?」

「どうだか」

 スッキリとはしないガーランドの相槌をリーシャは引き継ぐ気は無さそうだ。だが、鬱屈は彼女の胸に溜まっている。仕方なく、と言い訳を胸の中でこぼしショートは、知りたい答えをアンリに求めた。

「境界線がさ、なくなったらどうなるの?」

「そらお前、自由になるだろ? 勝手に場所を決められたせいでこうなった。神が勝手にそうした、ならなくなれば――」

 なくなれば、元に戻る。

「無理だよ。隊長は、境界線が無くなったら元に戻るの?」

「それは、どうだろうか」

 首を横に振ると、視界の中はブレる。当然だ。

「無理だよ、きっと。だって姫さまは隊長の中にいるんだもん。多分、そう言うことってたくさんあるんじゃないの」

 視界はブレても首を止めれば、また元通りになる。

「じゃあなんだ、このままで居ろってか?」

 少し考えて、ゆっくり考えがどこかに行ってしまわぬようにショートは首を再び振った。

「違う、境界線が無くなったらどうなるのって聞いてる。アンリは、境界線を無くしたらそれまでなの?」

 何か、とても響きの悪い石を投げ込んでしまったような、沈黙。居心地の良くないこの場所に居ればいるほど気が滅入りそうだ。それでも、その場から動かずに口を閉ざし、真剣と言うには弱腰な目尻と頬の強張りのまま動かなくなってしまったアンリを見ていた。

 リーシャかガーランドか、どちらかが話を変えようとすればもう片方が乗って無かった事にできてしまう不安定な間。だが、二人のうちどちらも壊そうとはしない。

 アンリの目玉が、泳いだ。あっという間にショートに戻り、すぐに誰もいない隣へとうつる。

「誰かがどうにかするだろ。神がいない世界で、今度は人で決めればいい。それすらも、誰かに任せてしまったら神は死なない」

「そう」

 納得、不納得を全く覚えずに、どうにも濁ったものだけを覚える。カルアーの耳を咥えなおし、ショートはこれは正しいのか、間違っているのかを考え始めたが濁っているせいでなにも見えてはこない。

 そおっと振り返った背後で、ベッドに座った姫さまは相変わらず利き手にコソコソきいきい喋って、変わらない新緑色の双眸には善悪も親しみもない、人の存在だってうつしてはいなさそうですらある。

 その目に、ショートは泣かされそうになって、慌ててカルアーの後頭部に額をつけた。

 小さな黒い毛の頭は、毛布のようだった。

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