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如何にして 53

「やってらんねぇぜ!」

 空元気は溌剌と部屋の壁に反射する。ショートはうるさい声に顔を顰め、姫さまはベッドに丸まった掛け布団に顔を突っ込んで、ギィギィ文句を垂れる。一番上の羽が、つっけんどんに両腕を突き出すように伸びて、声も大きく足音も大きく部屋に帰ってきたアンリを嫌がった。

 よくあることだ。こうしてストレスを吐き出して居るのだろう事はわかるのだが、うるさいものはうるさい。両腕を偉そうに組み胸を張る錦糸の頭部を叩いたリーシャは、すでに力尽きてしまいそうなほど疲れ切っていた。

「こいつ、会議のあいだもこんなで話にならないのよね」

「話にならないのは、お前らだろう! 今更、線がどう変わったかなんぞ関係あるか! どこに線があろうが、どこに居ようが、そこに生きる人である事には変わらんのだよ」

 尻が跳ねるほど荒々しくショートの目前に座り、不遜に顎を上げて眼鏡の奥で何もかもを睨む。

「そうは言っても、境界線の内と外では環境が違う。それは、人を変えるわ」

「変えさせたのは人だ。線の外と内で区別と差別で人を分けたのも人だ。線はただあるだけだったのに、人を殺す形を与えたのも人だ。お前らはなんだ、破滅が望みか? だったら勝手にお前らだけで死ね、破滅しろ、俺を巻き込むな」

 アンリとリーシャの呼吸は、混じり合わない。お互いがお互いの酸素を奪いあい、どちらかが折れるのを期待している。

「あんたみたいにね、恵まれた環境からのスタートなんて少数なの。自分ができるから周りもそうだと思わないで。勝手に期待して、勝手に失望してるあんたにとって他人なんて見下すものでしょうけど、そこに居るの。誰も破滅なんて望んじゃいない」

 カルアーの欠伸。ギィギィ布団の底からの唸り。目の前で、言葉で相手の脆い場所を刺してやろうと熱くなる二人はそれぞれ別の形をしている。それらがまじると息が詰まってしまいそうだ。

「人が悪いと言うけれど、そうしなくちゃ生きていけない人はたくさんいた。今もそう、手と手を取り合って仲良くなんて、とんだお花畑よあんたの頭の中は。私たちはね、生きるために奪うしか無かった。生きるために、恵まれた場所を守った」

「だから? だから、生きるために人を殺すのは仕方ないと、それは全て神のせいだと? ばぁか! 神は居ない。居るのは、都合のいい言い訳だ、許しだ、理由だ。んなこと、わかってんだよ、でも、だからって人を殺す理由にしていいわけないだろ。人を殺したのは人だ、境界線なんざ言い訳だ」

 二人の何かしら意味がある会話を、途中まで聞いていたがすぐにショートの頭は別のことでいっぱいになってしまって、それのことしか考えられなくなってしまった。

「ねぇ、リーシャ。隊長がああなったのは、神様のせい? それとも人のせい?」

 どちらのせいなのか、知りたいと思う事はいけない事だろうか。

「神さまのせいだって思ってた。そう、言われてきた、そういう風に生きてきた。でも、神様は居ないんだって、俺もそう思う。隊長も、そうだと思う。だとしたら、隊長がああなったのって人のせいだろ? それなら、俺さ……」

 許せない、を音にはせずにのみこむ。

「俺も、隊長も奪われてきたけど、それは神様が奪ったのかな。それとも、人が奪ったのかな。でも、リーシャ俺たちが奪ったものは、神様のせいじゃないよ」

「わかってるわよそんな事! だけど、じゃあなんで境界線なんてものが引かれてあまつさえ、神なんてものが居るのよ! あんた知ってるでしょ、神様に従って生きてきたんでしょ、神様って何なのよ、なんで、なんで私、離れたく無かったに決まってるでしょ!」

 沸騰したくても沸点は消え去り、リーシャを曖昧な熱でぐつぐつ煮込んでいる。

「境界線だが神様だか、居なくなったらどうなるってのよ! 何か変わるって? バカじゃないの」

 煮込まれたものを、力任せに胸に押しとどめて。それでも、飛び出したもの。

「変わるはずないじゃない。大層高いところから見下して、見渡してるつもりかもしれないけどね。何も見てないのあんたは、自分のことしか見てないのよ」

 かっと燃え上がった瞬間、アンリの顔色は変わった。口を開き、さぁ立ちあがろうという時に、ギィギィと先端鋭い鳴き声が、布団を纏って立ち上がる。

 ギィギィ、ギィギィ。姫さまは、人を睨む。利き手を大事に胸に抱えて。白い牙が、部屋の中の光を集めたように艶めく。

「っあぁ、もう」

 それはどちらの声、言葉、苛立ちと諦めだったのだろう。立ち上がったな、程度の認識で振り返り見ていたショートが、事実の確認を終え身体の捻りを元に戻した時、リーシャもアンリも何事もなかった顔をして、それぞれ違う所に目を向けていた。

 近くにいても、遠い。そんな事もあるのだとショートは、エースと自身。それから、姫さまとエースの距離はどれほどなのかをぷつぷつ石が吐く呼吸の速度で思い悩んだ。

 文句のギィギィは大人しくなり、微睡の背中で羽がまったりと動く。夢心地のキイキイは途切れ途切れに、誰かとの会話を確かにしている。身体の中に張り巡った、感覚の糸を両手で押しつぶされている。実際は、そんな感じがあると言うだけなのだが、おいそれと身動きすらもできない壁の張った空気。ふと、首の後ろに手を当てひさびさに、そこにある精霊の亡骸に触れようとして、カルアーに指先を甘噛みされた。頭で手を押されるから仕方なく膝の上に置くと、にじりよった暗い毛玉のまとまりはすぐに出来上がった。

 窮屈な時間、空間、意識。その中では、不思議とショートの頭の中は自由だった。

「おい、神様が御降臨なさったぞ」

 むっつりとせざるを得ない部屋に、まんまと飛び込んできてしまったガーランドは、一目であたりを見渡し、明後日を見上げながら残った椅子に座りテーブルの上に書き込まれすぎて賑やかで、何が何だかもはや情報により情報が消されてしまっている地図を広げた。

「んなこと、いつものことだろうが」

 飽き飽きとしつつアンリはガーランドど額を突き合わせて地図を覗き込む。ショートも身体をテーブルに近づけることはしないが、見にくい地図の中の世界情勢を目を細めてわかった顔をして見下ろした。

 沢山の線があった。細かく分けられた大地の上には、緑や茶色、青で色分けされて、ぼんやりとこの辺りに今自分は居るのだろう辺りをつけても、真実味はない。

 この上にたくさんの人がいる。アンリ達も、姫さまも。だが、地図の上にはたくさんの線だけしか居ない。

 この線がなくなったら広々とした地図に戻り、そこに人が住む感覚がわかるのだろうか。膝上のカルアーを抱き上げ、耳の端っこを口に含んだ。

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