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如何にして 52

 それからどんなにアンリが女神様を連れ歩き、人に境界線の傍若無人、それを幾多にも引き直す自分勝手な神の冷酷は人を救わないと伝え歩いても新たに引き直された線は、そういった微々たる見掛け倒しの希望を砕いていった。ただ、怯える事に疲れた人の中に少数とは言え、女神様を崇めるものもでできたそうだ。そんな話を聞いてもショートは、何が違うのか考えてもわからない。

 神はいないのだ。女神は偽りであり、神もまた偽り。実際は、エースの身体を操る精霊となんだかよくわからないもの。それでも、あたりを見渡せばそう言ったものに縋りたくなるのだろう奪われる者が考える事に疲れた気持ちはわからないでもない。

 神はいない。ショートが知ってしまった真実が共感をさせてはくれないけれど。

 相変わらずアンリは境界線を無くすことを望んでいるが、果たして成果は如何程であるのかそばにいる事が多いショートにも、彼との付き合いが長いだろうリーシャとガーランドにも判然とはしていない。動く事を一切やめないアンリに引っ張られて、なんとかついて云っているだけだ。

「……、大丈夫だよ」

 頑固な寝癖のついた髪を手のひらで抑えて撫でて、また跳ねて、何度繰り返しても治らない髪の一束と姫さまは朝からずっと戦い続けていた。それだけではない、おままごとのようにショートの世話を焼きたがるものだから、ありがた迷惑に辟易するようになった。あの境界線の街で親子を見てからずっとだ。大概のことは諦めては居るのだが、おままごとと言う遊びがここまで手荒いものだとショートは知らなかった。

 相手へ注ぐ心の無い優しさとは、もはや嫌がらせと同義。無理やり口の中に詰め込まれる食べ物、寝入り間際に雑に撫でられる頭、時には風呂にまで入ってきて片手で頭を引っ掻き回そうとする。リーシャが止めてくれたが、流石のアンリも遠巻きに息を殺して憐れんで居たのは腹立たしい。

 話の進まない会議は今どんな事を話し合っているのだろう。髪の毛の跳ねる勢いを耳介で感じながらショートは一向に大人しくならない猫とさして変わらぬ姫さまを椅子に座らせ短息した。どうせ、時間だけを食ってアンリが帰って来れば顰めっ面の中で歯を噛み締めているに違いない。ガーランドも人間味の抜けた顔でぐったりと椅子に座る事だろう。その間の待ち時間は、嫌に長く感じた。だからといって、会議に出席したいとはパン屑程にも思わない。

 ショートも元は聞いているだけではあれど会議に参加していたのだが、姫さまが必ず後を追いかけてきてはあれこれおままごとを始めてしまうせいで、いつの間にか待機となった。何も決まらないと分かっていても、悶々と気を揉み続ける時間は頭が痛くなる。ぼんやりと、全く違う事に意識を向けようと姫さまの背中、首の精霊石から伸びた三対の羽を漫然と目の中に閉じ込めた。

 下から数えて二対は、力無く萎れたままで動く様子はない。その代わりに、カルアーに噛み砕かれ半ばの長さになった一番上の一対は、日々アンリがどこかしこから探してくる精霊石を喰らい続けたおかげで、四分の一を残して元に戻りつつある。

「だから、大丈夫だって」

 興味本位に囚われた楽しげな目が疑問にくりくりとと輝いていた。だが、ショートの様子を見ているようで見ていない。そのせいでいつまで経っても寝癖を撫でる手は止まらない。椅子に座っていた細い身体が、重たい風船のように浮き上がる。包帯の巻かれた利き手の下は、足りない指と未だに乾かない傷がじゅくじゅくに熟れているのを知っている。リーシャが、甲斐甲斐しく包帯を巻き直す間、姫さまは大人しく指の足りない手を見下ろし膿を吸って黄ばんだ包帯から真っ白な包帯に変わった手を大事に大事に口をつけキイキイ小さな声でお喋りする姿も、もう見慣れてしまった。

「ねぇ、隊長は元気?」

 こうして会議の間、二人きりの時にショートはエースの存在を探して聞いてしまう。すると、帰ってくるのは静寂の薄暗い闇を混じらせた大人びた微笑みだけ。良くも悪くも、ショートの気持ち次第でどちらにも傾くことのできてしまう返答をまだ上手く受け止められたことはない。ただ曖昧に、「そう」とだけ呟く。

 また、姫さまの手が先ほどよりも力無く寝癖を撫ではじめた。


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