如何にして 49
遺体が安置された市民体育館は、ちょうど境界線の真ん中にあった。体育館のおおよそ縦半分で見えない線があるらしい。
「そのため、遺体も分けられているんです」
並んだ十数の亡骸は、ブルーシートがかけられていても、人だとわかる凹凸がショートの胸にひやっとしたものを作り出す。
「祈りは静かに行いたい。悪いが少し外に出ていてくれ」
案内をしてくれた男へ、アンリは手慣れた調子で上から命令を下す。不思議なことに、彼の命令口調はおおよその人が疑問なしに頭を縦に振ってしまう力があるようだ。
「いや、考えてないんだ」
ぼんやりと体育館の中のどこかを見ている女神様の横でショートは呟く。
ブルーシートの凹凸は、大小様々、一つとして同じ形はない。男が出て行ってすぐに、換気のために開けられていた低い位置にある窓を閉めるよう、アンリに言われショートはゆっくりと、ブルーシートから出来るだけ離れて窓を閉める。鍵は閉めなかった。
全て窓が閉められ、人の目が簡単に覗けなくなった事をしつこく確認してから、アンリは一番足元の近くにあったブルーシートをめくる。
女性だった。目も口も面影を探せないほどに血を抱いた黒々としたアザに腫れていたが首の細さと胸でその遺体が女性である事は間違いはない。未だに、女神様はどこかを見つめたまま、時々、音なく口を動かしている。
「さて、どうだ」
遺体の後頭部の下に手を差し込み持ち上げ、アンリは硬くなった頸を覗き込んだ。土に汚れた首筋には引っ掻き傷の跡。
「ハズレか。ショート、お前はそっち見てくれ」
フードに潜り込んだカルアーの重みが首を絞め、声は掠れる。
「わかった」
しかし、声は掠れても出てしまった。
一つ一つブルーシートを剥がし、首の裏を確認していく。時々、女神様は確認し終えた遺体のそばにしゃがみ込み顔を覗き込む。何をするでもなく見つめ、気がすむとブルーシートを掛け直しまたぼんやりとどこかへと、口を動かす。
子供の遺体を見つけ、覗き込んだ女神様は首を左右に傾げ、傾げ、再びブルーシートをかけなおす。そんな行動を、遺体を確認している時、姫様のあどけない顔で繰り返す。
最近は、ずっとこんな事を姫さまもショート達も繰り返している。
一通り確認が終わると、ショートはアンリへと、横に振った首を見せる。それを受け取ったアンリは頷き返し、女神様を呼んだ。
「一人居たぞ。昔は、戦場に立っていたかもな」
近寄った女神様に見えるよう、アンリは小柄で細い手足の老人の身体をひっくり返した。遅れて近くに行ったショートにも、オレンジがかった透明な石が見えた。遺体とは裏腹、水をうちに抱え込んだように光る石をここにいる全員、見覚えがある。精霊石だ、それもまだ生きている精霊の圧縮された姿。アンリは無言で、少し場所を横にずれると、その横に女神様の細い身体がしゃがみ込む。
この瞬間、いつもいつもショートはエースに心の中で繰り返し謝る。こんな事をさせるために女神様になればいいと言ったわけではなかった。だが、止める事はしない。
口が開き白い牙が、そぉっと遺体の頸に埋まった精霊の命を齧る。硬いはずのそれは、白い牙にとっては柔らかく、簡単に小さな穴を穿つ。細い喉が、水を飲むように動き、それと同時にオレンジ色は褪せていく。唇が離れる時、オレンジ色の光が糸を引いて、すぐに消えて行った。残ったのは、遺体の首に埋まった透明なだけの石と、少しだけ伸びた女神の羽。
「ふぅん、まだまだ足りねぇなぁ」
遺体を元に戻し、ブルーシートをかけながらアンリは短息しまだ調べていない遺体にかかったブルーシートを引っ剥がし始める。
唇を舐め、指の足りない利き手に口をつけた女神様はぼんやりと遺体の寝かされた市民体育館を見渡していた。
こんな事をさせたいわけではなかった。
でも、ショートはこの行為に嫌悪を覚えながら止めはしない。
「あいたい」
エースに会いたい。その思いが、彼の動きを止める。
ぼんやりとしていた女神様がショートを見つけると、作られた微笑みを向けられた。




