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如何にして 47

 微笑みは、日毎に形を完成へと近づけていく。それと比例して、アンリの荒唐無稽な謳も、日に日にそれらしく真実の仮面を本当の顔だと思い始めている。

 考えない人は、案外容易い。ショートは、その様子に薄ら気味の悪さを覚えた。

 言葉は無くとも、アンリの言葉に合わせて姫様が微笑むだけで、兵士達の多くは安心を覚える。そこに、理由などあるのだろうか。

「バカみたい」

 正直に言えば、アンリは姫さまのために誂えた衣装の裾に付いた崩れを治し、笑った。

「ま、そういうな。これで、少しでも手駒が増えると思えばーー」

「神は居ないって、言っていたのはあんた等だろう」

 いつの間にか姫様は、跳ねまわってユスティの毛を毟ったり、雨の中泥遊びに夢中になることも無くなった。大人しく、求められた形を維持しようと毎日、笑っている。

「そうさ、神は居なかったんだ。でも神は作られた。都合がいいのさ、自分の身に降りかかった不幸から逃げる為なら、手のひらを返す」

 姫さまを飾る白いローブとベールは、純真さを見せるのだろうか。その姿で、しな垂れた二対の羽を背に這わせ、半ばから壊れた最上部の一対の羽をゆっくりと羽ばたかせる。そして、いつもはローブの中に隠している指の足りなくなった聞き手に口づけをする姿は、確かにショートの目にも神々しさを見る。

「アンリは、今、神を信じるの?」

 己が作り出した女神の接吻、その手を見つめて彼は言う。

「殺す神がいるなら、救いの神ありだな。人は、自分の触り心地の良いものを信じたがる」

 答えになっていなかったが、彼は出来上がった女神さまの背中を押して歩かせはじめた。ショートは、釈然としないうちがありながら、後について車に乗り込んだ。

 あんなにも進んでいて誰もが幸せである街だと思っていた。だが、今、街の中を歩く人は依然と変わらぬ様相でありながら、全く違う。沢山の店も、電子掲示板も、毎日を映そうとしても、うつせない。毎日のように大まかな世界地図は境界線を新たに書き換え、それを誰かが報告し、首を上げて確認する人々はわかっていたくせに落胆する。

 そして、同じ日を演じようと店に入って何かを買おうと迷って、何も手に取らずにででくる。信号は変わらず、赤と青に光り車は走り、大きな歩道に人は歩く。馬鹿な話で盛り上がる集団も居れば、それを軽蔑している人も居る。同じような体裁を保っているようで、そこにはショートが初めて目の当たりにした余裕や楽観的なものが足りていない。

 走る光景を車の中から見つめショートは、腕の中のカルアーの耳を口に含んだ。

「今日は、境界線のかなり近くまでいくから気をつけろよ」

 ハンドルを握ったアンリが窓を少し開け、風が入ってきた。後部座席に一つ間を開けて座る女神様は目を伏せてうんともすんとも言わないが、利き腕を大事そうに抱えている。

「おとーさん」

 その手に囁きかけると、新緑の双眸は開き不安と自信の合わさった微笑みをショートに向ける。不思議だった。こうやって、目と目で伝わる意思の疎通。はっきりとした言葉ではなく、もっとぼんやりとしているが確信に違いやりとりに寂しさは募る。

「そのおとーさんのために行くんだ、わかってんだろ」

 わかってる。うなずくごとに、ショートはエースを裏切っている気分だった。


 境界線蝕まれた街は、同じ街だと言うのに二つに分かれた。誰の目からも見えない線が、人と人を別つ。その間に降りたショート達は、急拵えのバリケードを作る作業をしている軍服の男に近づいて行く。

「状況は?」

 額に汗をたくさんつけて、土嚢を積んでいた男は、面倒くさそうに振り返り、女神様に気がついた途端、慌てて直立不動に姿勢を伸ばした。

「たまに争いがありますが、今の所は落ち着いてます」

 この街の半分が、外側に入ったのは一昨日のことだ。アンリは周りを眺めるふりをして、一番重要な事を聞いた。

「死人はでたか?」

「市民が何人か。ヒニャだからという理由と、何人かは神のために血を流せば助かるんだ、と」

「馬鹿馬鹿しい」

 アンリ達が話している間、女神様はバリケードから外に出て、静かな住宅地をぼんやりと見ていた。ショートも、バリケードの内側で同じ光景を眺める。何が外と内で違うのか、全く分かりやしない。似たような外観の建物がずらっと並んでいるのに立つ場所によって存在は変わってしまう。

 話が終わるのを待っていると、バリケードに沿ってヘルメットを被った軍服の男が駆け足でやってきた。

「おい、手伝ってくれ! また喧嘩だ」

 土嚢を積み上げていた男の舌打ち。

「またかよ」

「子供が境界線を跨いだんだと」

「あーはいはい。行きますよ、行きますって」

 手で追い払おうとしたが、アンリ達を思い出し、仕方なさそうに男は走ってきた男と小走りにバリケード沿いを向かっていく。

「どうするの、着いてく?」

「ま、必要なもんが手に入ればラッキーだ」

 硬いブーツの遠ざかる足音を追いかけ、ショート達は後を追いかけ歩き出した。

 バリケードに沿って静かな住宅地の整地された道路を真っ直ぐに、何度か十字に分かれていたが、そのまま真っ直ぐ。静けさに混ざれない喧騒は、わかりやすい目印となって三人を導く。

 バリケードは、あまりにも貧相だ。だからこそ、突貫工事であることが伺える。その胸元より少し高いバリケードを真ん中に、怒鳴り声が互いを殴り合う。

 子供が勝手に入ってきたのだ、子供を無理やり呼んだ、ヒニャのくせに、お前らだって明日にはヒニャになる。殺しちまえ、お前らが死んでしまえ。

 ふと、ショートは足を止めてその光景を見る。

 本能ばかりの獣のようだと、口の中の酸素をのむ。

 バリケードの内側で、子供がずぅっと外側を熱心に見つめていた。それを追いかけると姫さまと視線が交差し、神の視線は子供に、ショートの視線は言い合いをしている男の後ろで顔を腫らした男を捉える。男の方も、走り出さないよう手を握られている子供を見つめていた。

 殴られた気の弱そうな男は、どこにでもいる風体だった。ワイシャツと地味な色のズボンと、それだけが男の個性として際立つ。そして、もう一度、子供へと顔を向ける。そっくりとまではいかないが、横顔の雰囲気が似ている。長く子供の生活の一部であるのだろうTシャツは色褪せが酷い。それだけで活発であろう事がわかった。汚れた靴も、短パンも日に焼けた身体によく似合う。笑って走り回る姿はよく似合うだろうに、子供は笑っていない。

 突き出た下唇のせいで顎に皺がより、身体を揺すって走り出したいのだと、その願いがよくわかる。

 親子なのだろう。すぐにショートの頭に予想が浮かんだ。

「喧嘩は禁止ですぅ」

 バリケードを作っていた男が怒鳴り言い合う男達の間に、バリケードの内側から割って入った。

「あの男が子供を連れて行こうとした!」

「違う、子供が自分で入ってきたんだ!」

 どっちが悪いと言い合う姿は、不自然。ため息もつけぬと見かねたアンリが割って入っても、お互いの悪を捌きたがる正義は振り上げた手を下ろそうとはしない。今にも手が出てしまいそうな雰囲気に、言い合っている男達の後ろにいた人々も段々と顔つきを険しくしていった。

 子供と父親だけが、人のよう。

「見えない線なんて、無いのと同じじゃ無いか」

 ショートは、バリケードを触った。

 けれど、それでもショートは知っている。この見えない境界線がどれだけ抗い難いものであるのか。ずっと彼はそれに従い続けてきたのだ、何も考えずに、言われるがままに。

 とても、心のない日々だった。だが、辛いとはいえ、ある種の辛さを知らないままにいられる日々だった。その線は、人を不幸にもするし、ある意味では幸せですらあるのかもしれない。しかし、そうだとしても今のショートからすると境界線なんてものは、見えない線でしかない。

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