如何にして 46
「……なんだよ、エースが居なくてそんなに悲しいのか? もっとドライというか、一方通行な関係かと思ってたんだがな」
それは、ショートにはよく馴染まなかった。ふん、と小馬鹿にしカルアーの鼻。適度に湿った鼻を撫でると、舌で指の先を舐められる。
半分になったパンを、姫さまは膝に置く。指の足りない利き手の平に息を吹き込むように口をつけ、離れる。包帯巻きの手は、何も変わらずに包帯に巻かれたまま。腹を撫で、パンを机に放り姫さまはユスティを睨むが、すぐに部屋の中をうろうろと歩き出した。
窓を覗き、辺りを見渡し、カルアーを見て首を振る。あからさまに何かを探している様子を誰も間違えなどしないだろう。
「どうした?」
その時、窓の外側に小さな虫が止まった。尻を淡く光らせる虫だ。姫さまはそれを見つけると、嬉しそうにひっ捕らえ臭いを嗅ぎ、そのまま大きく口を開いて、一口に食べた。
「――そこまでお腹が空いてるなら、皿の上のものを食べて! 変なもん食べないで!」
慌てたリーシャが吐かせようとしても、姫さまは首を横に振って、口をしっかりと閉じて拒否をする。そして、利き手に口を当て、唇を尖らせ寂しい目をするのだ。
「いや、うん。いいと思う」
「テキトーなこと言ってんじゃないわよ、アンチ! いいと思うならあんたも食べなさいよ!」
アンリの浮かべた頬肉の硬い苦笑には気持ちの離れた距離があった。受け入れられないが理解はしようとすることすらリーシャは許してはくれない。また外にふよふよと光虫が飛んでいるのをショートは見つけた。
「あれって、精霊虫だろ?」
窓の中を満たす照明につられてやってくるのか、開いた窓から一匹、ガーランドの腕に止まる。顔を近づけて見るガーランドのそばににじり寄り、ショートも観察に目を細めると、足を蠢かした黒い地味な虫にしか見えなかった。
姫さまはガーランドの腕から精霊虫なるものをひったくり、口に入れた。
「いやぁ! アセメリアの身体で変なことしないで! あんただってお腹壊したくないでしょ!」
細い肩に飛びついて吐かせようとリーシャと姫さまは押して引いてを繰り返す。その間に虫を頬張った喉はゴクリと動き、姫さまはぺったんこの腹をさすった。そして、また指の足りない利き手を眺める、眉を情けない犬のようにしてあちこち顔を振って再び探し物を始める。
その様子をショートは眺めていた。何をやっているのだろうと、疑問を持って。そして、気がつく、気のせいのような違いを。
「羽が……」
半ばから砕けた羽が、少し伸びたように見えた。羽が伸びたとショートの訴えにもならない小声で呟くと、半信半疑にアンリ達は羽を眺める。
窓から手を伸ばし、宙を引っ掻いて精霊虫を捕まえたガーランドは姫さまに足を蠢かせるそれを差し出し見せる。
「やめてったら!」
止めようとするリーシャなどお構いなしに姫さまは虫を飲み込む。その間、ショートもリーシャも、全員の目は羽に注がれ時を止めていた。
するとどうだ、腹に入った虫のおかげか砕けた羽の先が、嘘のように僅かに伸びたではないか。
「……何だこいつ。精霊を食うってのか」
得体の知れないものからユスティを守ろうとガーランドの暑苦しい腕の中へ抱えようとしても、ユスティは珍しく背筋強張った拒否の姿勢を見せる。
深きへとアンリの視線はどこかに向かって落ちていく。顎に這った指先は、形の良い唇をなぞる。
「この子って、精霊なんでしょ? 精霊は精霊を食べるの?」
だれも、答えを知らない。そんな話を聞いたことは無い。ショートはカルアーの三つ目を覗き込む。もったいつけ、細まった三つ目。愛想良く頭を擦り付けてくるだけ。では、とユスティを見ると、相変わらず肩と頭を落としたまま動かない。仕方なく、答えを唯一知っている筈であろう姫さまを見る。物足りなさそうに、辺りを見渡すが虫がもう居ないとわかると薄っぺらいお腹を撫でてしょんぼりとしていた。
「いや、そんな話は。だが、でも、」
アンリは、塞ぎ込むように俯き、すぐに上げ、姫さまに問うた。
「共食いすれば、エースは戻るか?」
それは突飛のない質問だった。
首を傾げた姫さまは、すぐには答えを出さずしばらく考え、おずおずと自信なさげに頷いて見せる。
「そうだ神も、こいつを食った。食ったんだから食えるんだ。食えば少しでも、足しにはなるはず」
そう言い聞かせても、アンリは己の出した答えに半信半疑であるし、リーシャもガーランドもありえないという、不満げな顔をしている。
ショートだけはひっそりと、同じ精霊であるカルアーに目で真意を問うた。
三つ目は柔らかく真実を教えてくれたし、ユスティの姿は黒い毛玉の答えを後押しするように思えてならなかった。




