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如何にして 43

 なんで隊長は目を覚まさないのだろう。

 ショートは、横向きで寝かされたエースのベッドの端っこにうつ伏せに顔を伏せて、そればかり考え先の見えないトンネルを抜けることを切に願っている。

 時折怖くなって顔を上げ、薄い肩を見る。上下していることに安堵して、ショートのそばで毛繕いに余念がないカルアーの、整えたばかりの脇腹を人差し指の腹で逆撫で、指ごと舐められた。

 現場を見ていないショートは知らないが、悲惨な出来事だった、らしい。その事について、心臓が揺さぶられる事は無かった。リーシャの傷もどうにかなった。

「なんでだろう、カルアー知ってる?」

 なぁん、と知った風に鳴いて三つ目はほくそ笑んだ、ように細くなる。

 リーシャは、生きている。

 アンリは、精霊と契約をしていた。だから、リーシャの傷は完治とまではいかずともどうにかなった。

 ガーランドは、死んだらしい。でも、女神が生き返らせた。

 そっちの問題の方が万倍、ショートには気にかかる。

 目を覚まさないエース。彼の利き手には、厳重にまかれた包帯。布の奥が黒っぽく色づいているのをを見るだけで顔にツンとした痛くも痒くもない感覚が集中して、涙が出てくる。涙よりも先に垂れた鼻水を吸った。

「おとーさん」

 姿が変わり、中で別人と同居して、彼とどう接していいのかわからないはずだったのに、こうなってみるとただ、必死に願うばかり。

「おきてよぉ、しなないでぇ」

 溢れ出る涙をシーツに吸い込ませる。耳にカルアーの舌が行き来する感触も、飽和した感情の熱に熟れた肌ではぼやけていた。涙で息が詰まってしまいそうだ。陸にいるのに溺れてしまう。喉に絡まる悲しみは、飲み込んでしまいたいのに身体は正直に咳払いで気道の確保をするのだ。

 掛け布団の中に収まった、ショートの手のひらに簡単に掴めてしまう足が動いた。空気を揺らしてしまえば、現実は夢想に変わってしまいそうで、力の入った身体で蠢く布団を見守る。薄らとあいた新緑。ここがどこかわかっていないように、新緑は辺りを見渡し、身体を起こそうとして欠けてしまった利き手を見つけた。途端、子供のように顔をくしゃくしゃにして泣き出す様にはエースは居ない。なんと呼んだらいいのかわからない姫さまが、まだ月が昇る夜の中、目を覚ました。

 最初からもう張り裂けてしまった泣き声と、大粒の雫。利き手を抱えて、枕に頭をつけて、泣き叫ぶ。大きな声だ、ショートの鼓膜に飽和して耳から頭の中までジーンという残響を残し続ける大きな声。うるさいとは思わなかった。

「おとーさん、あいたい」

 大きな感情だけの泣き声は悲しくて寂しくて、腹立たしくて、喪失感をショートに教える。だから、一緒になってショートも泣いた。エースに会いたい。おとーさんに会いたい。何があっても平和を与えてくれる微笑みが見守ってくれればそれだけで怖いものなんて無かった。

 死も、神さまも、他人も、表面を過ぎていく情報でしか無かった。隣に彼が居ないだけで、こんなにも弱い自分自身に気がついてしまう。

 カルアーを抱きしめ、わんわん、姫さまとショートはガーランドとアンリが戻ってくるまで泣き続けた。


「えらいこっちゃ」

 部屋の外まで聞こえただろう泣き声は、ガーランドの大きな身体を小さくさせた。足元のユスティは、下がった肩のまま鼻を上げにおいを嗅ぐ。口元をひと舐め、頭を下げてベッドの下まで小股でやってくる。足の裏を意識するような慎重さで、恐々と。姫さまは、ユスティが近づくや、泣き声を噛み締め怒りの形相をユスティに落とした。猛った呼吸は身体中の熱を吐き、吊り上がったまなじりは恨みに染まる。剥き出しの白い牙は、乾いて固そうだった。

 利き手を抱いたまま、姫さまは堪えきれないものを涙に変え、理解できぬ呪いの言葉を紡ぐ、紡ぐ。ユスティに、強く激しく浴びせかけ、踵で項垂れた頭を押しやる。

「おい!」

 激情に押しやられ、反抗の意思もないユスティは、紙ゴミのようだった。すぐにガーランドに助け起こされるが、赤い毛並みを持つ四つん這いの精霊は、許されないとわかっているのか、身体は脱力したまま。お好きにどうぞ、と。その姿にショートは生贄とはこういうものを言うのだろうと、奇妙な得心を抱いた。

 姫さまは、止まらない。ユスティから、ガーランドに標的は変わる。頬を濡らし続け、呪いを吐き続け。そして、誰にも取られたくないと大切に利き腕を胸に、背中を小さく丸めて泣き声だけを上げる。ガーランドは、戦う意思の行き先を見失い、口をしっかりと閉じて生贄になり続けるユスティを見下ろすことしかできなかった。

「最悪だよな、この状況」

 扉の外で息を潜めていたらしいアンリは、室内をよく見る間も無く、半笑いに吐き出した。許しの無い眼差しで周りを睥睨で貫く姫さまの前に立ち、何も言わずまた大事に抱える手に触れる。嫌がるそぶりはあったが、先ほどまでの拒絶は無い。

「やはりダメか、俺如きじゃその手は治せない、か」

 わかってたと言いつつ、アンリは持っていた期待を割って捨てる。治らない指先を再度まじまじ見つめた姫さまは、すぐに涙を溢れさせしゃがれ始めた声で再び泣き出す。

 ベッドに突っ伏し、誰かを呼び疲れて眠るまでキーキー泣いていた。

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