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如何にして 39

 会議室はいつだって空気が足りない。かと言って、一人でたくさん吸ってもいい雰囲気でもなく、頭の中が黒く沈んでしまわないよう気をつけながら、満足感のない呼吸繰り返す。徐々に埋まっていく座り心地だけしか取り柄のない重たい席、艶めくほどに磨かれた床には席に座る者たちのつまらなそうな色彩、壁にかけられた大きな絵や時間を確認するには不釣り合いな大きな時計の高飛車で面白みのない表面の色がうつっていた。

 ガーランドは、特に何も考えない。考えないようにしているが、最近は、それがうまく行かない。どうしても今まで考えてこなかった事を考えてしまう。それがとことん重荷だった。自身の頭の中のことであるのに、制御の効かない頭はすぐに想像を膨らませる。

 それは現実逃避を通り必ず一度通りガーランドに気軽な明をさすのに、すぐに曇天へ雨へ、豪雨へと下り坂になる。一度そこに踏み込んでしまうと、頭を振っても振り払えず別の事に意識を向けても長らく止まり続ける。

 境界線を刺激せずにこのままでいい。だが、もし本当に線が移動することがあれば、いいや。線は必ず動くのだ、今までだって動いてきた。しかし、動いても母が巻き添えにならねば、動いたところでどうだっていい。

 そこでふと、彼は呟くのだ。今し方頭の中に広がった、暴風の中に混じった大粒の雨を。

「巻き添え、か」

 誰の巻き添えを食うのか。ヒニャだろうか。では、彼らは、誰の巻き添えを食らったのだろう。

「どうでもいい事だって」

 深くを覗き込むには頭は考えすぎて疲れてしまった。丸くなりたがる針金を無理やり真っ直ぐに伸ばすような作業。顔を両手で擦り、艶めく床が跳ね返すガーランド自身のぼやけた色彩から目を逸らした。

 そんな事に気をやつしていれば、いつのまにか埋まった座席。見慣れすぎた顔ばかり、心持ちつんと鼻を上げて座って会議の始まりを待っている。

「それでは、はじめましょうか」

 面白くも無い時間の幕は上がってしまった。

 最近の状況、ヒニャの動向にはあちこちからせせら笑う声。そのヒニャであるエースに一度は目を奪われた事や、痛いほどの恐怖を覚えさせられた事すらももう素知らぬ顔だ。

 馬鹿なだなぁ。と、そんな事を考えガーランドは腕を組んで綺麗が取り柄の机の上を眺めた。

「しかし、あちらはまた表立って神を信仰だのなんだの言い始めたが、あの化け物は首輪つきでここに居るのだろう?」

「しっかりしている首輪かは存じ上げませんけど、今のところ大人しくしているようだ。お前の外来種の弟はなかなか上手くやっているようだな」

 好き勝手に言われても、怒りはなかった。

 泥山にされたユスティは、案外立派な山だった。泥に汚れることも厭わず、それすらも楽しげに雨の中で遊ぶ姫さまを思うと、果たしてアンリは首輪として機能しているのか。どこにへでも向けることのできる馬鹿馬鹿しさをそのまま応答としてしまいたいが、ここにいる奴らには何一つ理解などできないだろう。

 泥山を作って遊んでますよ。なんて、出来上がった泥山を見なければ、聞かされたってガーランドにも意味がわかるものか。

「まぁ、それなりに。ただ、自由にできるものとお考えであれば間違いです。アンリは頭のいい馬鹿ではありますが、女神と言うのはあながち間違ってはいませんよ。あなた方もよぉく知ってるはずです。その身を持ってね」

 アンリも彼に女神と称される者も、決して誰かやこの国のものではない。言外に忠告をするのは、ガーランド自身とユスティのため。

「わかっている。だから、お前の弟にどうにかしろと言っているんだ!」

 一度は目を奪われたにも関わらず、物欲しげな欲深い顰め面は高い座高も相まって上から威厳か何かを押し付けてくる。が、薄っぺらく深い味わいもないそれに潰されてしまうほど柔な身体つきはしていない。ガーランドは、再び、馬鹿だなぁと分厚い胸の中で呟くのだ。

「……、今のところは上手くやっていますよ。女神様も楽しそうにね」

 荒々しい短息は不機嫌の現れなのかもしれないが、どうしても欲しいものが手に入らない嫉みは全身からむらむらと沸き立ち、下品だった。無理やり奪う事もできぬくせに、文句だけは喧しい。自分で動けばもしかしたら、があるかもしれないのに。

「あぁ、そんなことか」

 自分で動かなければ、何も手に入らないのか。突然、彼を取り巻く世界の色彩が衰えていく。はっきりとした輪郭が、しっかりと目に入り始める。

 こんな風にアンリは毎日を見ていたのだろう。老いた微笑に動いた口元には、寂しさがこびりついていた。

 長々と終わらない会議の斜めを見てガーランドは時間を潰していた。女神がいなくなった事で、徐々に後退しているヒニャを叩き潰せ、とは今更だ。ヒニャから女神がいなくなった時点で叩けばよかったのにガーランド達がいつでも出来ると放置しておいた結果、邪魔な突起物となってしまっている。

 境界線の真ん中、神がいる場所に大きな人の流れができたのは数日前。それから、1日と立たずに霧散したが、音沙汰はなし。との情報に、ガーランド以外誰も疑問を持たない。疑問を持つまでもないのだ、この場に居るものだけでなく、この国そしてただ境界線によって分けられた内側と言われるもの達にとって。

「調べた方がいいのでは?」

「獣どもの頭の中など、所詮空っぽだ。どうせ神に祈ってるんだろう、好きにさせとけばいい」

 ああ、とあつい胸に酸素を取り込むも苦しかった。

 アンリの言う通りなのだ。アンリの言っている事がようやく、遠目だとしても見えた気がした。

 何も考えない。未来も過去も、今ですらも。ただ、それとない毎日を、それとなく自分足で歩いているような気になっているだけで、実は玩具の行進でしかない。それはきっと、ヒニャ、とガーランド達が見下すもの達もだ。

 アンリが羨ましいとは、十分に思いきることは難しかった。考える事はとても疲れるし、嫌になる。どんなに考えても、他人が関われば上手くいかない事だってある。取り持ってもらえない歯痒さに、ガーランドは首を上げられない。

「そう、神に祈ったのさ。彼らはね、神様に祈ったの」

 まあるい線を持った声音は、怖いものを未だ知らぬ少女の無鉄砲なあどけなさにとろける。

「は、」

 息を吸ったのち、さらに吸い込む。過呼吸に、塩っぽい鉄の味。

 室内に、雨が降った。赤くて暖かくて、少しねとついた雨だ。それは遮る間もなく、声を求めて上向いたガーランドの額に降り注いだ。

 人から、雨が噴いている。いや、あれは人なのだろうか。身体はどうなっている、頭はどこだ。やはり、人なのか。

 ぐうるりとガーランドの目の裏に沢山の疑問が手を取って踊る。

「お前は、神に祈るか? あなたは、神に祈るの?」

 角張った体躯は、まるで大岩を削り出し人が理想とする逞しい身体を築き上げたように。長い頭髪は一本一本、純金を細く伸ばしたように。青い双眸の中には、青く輝く星がはめられているように。浮き上がる喉仏が、動けば少女を生み出し、ふくよかな胸の前で筋肉の凹凸目立つ手は、血の雨を噴き出すものを手放す。

 無機物と生物の間にある物の落下音は、固すぎず柔らかすぎず、そして水気をはらむ。ガーランドは、瞬きもできないまま、目の前に落とされたものを見た。

「っ、はぁ?」

 ガーランドの目と落ちてきた目のようなもの、は合う。それがエースを欲の目で見たのはいつの夜のことだったか。今や何も見ていない。そのはずであるのに中には、ガーランドの色彩がぼんやりと蠢いていた。

 けたたましい笑い声はこだまする。無邪気が鼓膜に突き刺さる。こめかみ辺りに不愉快を露わにした皺の違和感が、咄嗟に椅子を押し倒してガーランドを後退りさせた。

「祈らないのか。祈らないの?」

 体格の良い男は、咄嗟に逃げたガーランドの動きに驚き、あどけなく首を傾げた。だが、すぐに興味は他方へ。体格の良い身体が宙で背中を向けると羽があった。エースの背中にあるものと似ているが、それよりももっと機械に塗れた見た目をしている。エースの羽が芸術品としてつくられているのであれば、今ガーランドの目の前にある2枚の羽は工業品。それは、透ける黒色をしていて、逞しい背中の後ろで電力が流れるのを待ち、力無く垂れていた。

「神に祈れば。神に祈ったら」

 祈りを求め歌う。

「幸せになれる。幸せなのよ」

 そのくせ、呆気に取られ祈る事も頭にない男を一人捕まえ、枯れ枝を折るような気のなさで鳩尾から二つに分けた。血の臭いに酔って吐き気が理性に張り付く。急いで窓を開けても、充満した臭いは止まり続ける。否、産まれ続けているのだ。

「神に祈れ。神に祈りなさい」

 腰を抜かした男が一人、恐怖から組んだ手を額に当てた。祈りなのか懇願なのかかもわからない横顔は青ざめ、見開かれた双眸は揺れ惑い、水を浴びせられたように汗を流す。

「祈るか? 祈るの?」

 身を守ろうと身体を縮めた男の頭上で、それは微笑む。

「幸せに、幸せね」

 人目を引き寄せる微笑みは、間違っても美しいものではない。ガーランドは、背筋を繰り返し往復する危機感にえずいた。

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