如何にして 38
姫さまは雑に頭を撫でるガーランドの事は嫌いじゃない。五月蝿いけれど。
「食べちゃいなさいな」
わざわざ迎えに来て、手をひいてくれるリーシャも嫌いじゃない。一緒にいてくれる事が一番多いから。
「パン、足りないでしょ。半分こしようか」
そう言って、パンを分けてくれるショートも嫌いじゃない。だって、彼の息子だから、身体の中にある思い出はいつだって温かそうだから。
「食い意地はってるくせに、全然くわねぇもんなこいつ」
肘をついてるアンリも嫌いじゃない。見た目で言えば、かなり好きだ。
姫さまは嫌いじゃないものに囲まれて、楽しいけれど、どうしても満たされる事は無かった。物足りなさは、スカスカとして不安だ。でも、それを埋めるためにどうすればいいのかわからない。
落ち着かずに周りのものを叩いたり壊したりしたくなる、外に飛び出しそうな勢いのあるエネルギー。それに対して姫さまは無力だ。無理やり壊したっていい、でも、そんな事をするときっと、姫をネリャガと呼ぶ男は悲しそうに、それでも安心感のあるふわふわとした顔で笑うのだ。
だから、今にもユスティの毛を無理やり引っ張って叩いて、噛みつきたくなっても我慢をする。その代わりに男の元へ落ちていく。目を閉じて、ゆっくりと沈み、瞼の裏に黒がかかって何も見えなくなり、その後に春を溶かした広い空間へとたどり着く。底には、男が居た。寝そべった大きな身体の上に、黒い毛玉がちょこんと乗っかる。姫さまは男の真上へ落ちていって、黒い毛玉を潰して寝転び分厚い胸板に頬をくっつけて、泣いた。
身体の中の、言う事を聞かないエネルギーは、怒ったり、暴れたり、悲しくてやっぱり怒ってどうしようもできない。
「どうした?」
背中を硬い手のひらで埃を払うように叩かれ、喉を塞いでいた嗚咽がとれた。男と同じ言葉を使う事はできない。それでも、この身体の中にあるエネルギーがどんなに酷いものか沢山説明する。
「大丈夫だ、寝ちまえって。嫌なことがあった時はな、寝るに限る」
抱きしめられ窮屈になったけれど、その狭い場所では暴れるエネルギーは単なる吐息になる。だから目を瞑った。現実、身体というものが存在しない意識の中だ、つむる目なんてないけれど、でも姫さまは目を瞑って男の脇の隙間に顔を押し込んで腹につぶれた柔らかな感触の毛玉を引っ張り出して、抱きしめて眠る。
やっぱり物足りなさはあったけれど、ショート達の周りにいる時よりもずっと沢山満たされていた。
「やっと寝たか」
ベッドの上で、胎児のように丸くなって眠る姫さまの枕にはユスティの腹。健やかな寝息に、洗われて細く柔くなった毛が数本揺れる。影をかけながら覗き込んだガーランドは、重たい荷物を下ろしたと言わんばかりに、テーブルに戻り食べかけの冷めて硬い肉にフォークに刺す。刺しにくい上に、噛んでも噛んでも噛みきれないものだから、仕方なく飲み込んだ。
「すぐに起きるだろ、エースが」
先に食べ終えたアンリは残ったパンの背中を手作業で無理やり半分に割き、残った料理を手当たり次第に詰め込んでいる所だ。あっという間に、太ったパンの背中からこぼれてしまいそうなトマトを焼いたじゃがいもで押し込む。
「汚いことしないでよ」
「エースなら食うだろ」
嫌そうな顔をするくせ、止めないリーシャも「エースなら食べるだろう」という予想があったのだろう。じゃがいもが真ん中から粉を拭いて割れたのを目にして、ついでとばかりにバター濡れのほうれん草で隠す。
「この後会議だろ? ガーランド、周りをせっついて、俺たちを動かせよ。まぁ、言われた通りに戦いには行かないけど」
他人事であれば人は途端に無責任になる。当人であるガーランドからすれば耳にも煩わしい打診を聞き流し、最後に真っ赤な果汁を溶かした水を飲み干して室内から出ていった。
すん、なのか、それとも、しん、なのか。アンリ達と居た室内が特別騒がしい訳ではなかった。それでも部屋を出て廊下に出た瞬間に冷たい静けさに鳥肌が立つ。軽くなったがどこか侘しい肩で空気を切って、ガーランドは行きたくもない会議室に向かっていく。




