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如何にして 33

 のしのしと頭の中で音を立てて前を歩くアンリの歩調を追い越さぬように気をつけエースは羽を大人しく背中に這わせる。割れた断面の尖って突き出た箇所が服に擦れると、それとなく自己主張のある痛みがあった。擦過傷のような痛みには波は無く、一定で統一的な痛みが継続する。歩調を乱さぬまま、試しに羽を少しだけ背中から持ち上げて様子を見る。衣服に擦れる事はなくなったが、上向き加減に変わった断面を興味本位で空気の幼い手が触れていき、衣服に擦れるのと大差ない痛み。

 こうして、ああして、と我慢は出来るが意識は向いてしまう痛みを何とかしようと工夫と努力を単位も小さな動きと差で取り除こうとするが、どうにもなりそうには無い。どうにかしたいのであれば羽を治すしか無いのだろう。そう思えば途端、羽は背中にくっつく。

「ーーおい聞いてるか」

「あ? 悪い、なんも聞いてなかった。なんか言った?」

 肩越しに一瞥していった呆れには愛想笑いを。うまい具合に微笑みが作れていたかはわからないが、エース自身、この体になってから見た目はすこぶる良い事を自覚している。

「いいか、今から頭ン中に風化した石クズを詰め込んだ由緒あるかもしれない遺物との対話だ、無機物と対話なんぞ出来るが知らんが、まぁ、一応は出来るだろう」

「一応って所に不安しか無いんだが。つか、お前の上司じゃねーの、そんな言えるもんかね」

 小気味よくなったアンリの鼻。飛んだ空気は、白々とそして演技故の大仰さがありありとしていた。

「言えるね、言える。なぜ間違っているとわかっていてなお、進言差し上げないないのか。俺には頭も口もあるのだから使うのが普通だろう」

 なじみの無い考え方に、しばし戸惑い、だがエースはすぐに首を横に振る。

「いや、お前のは単なる悪口じゃねーの? 完全に馬鹿にしてるだろ」

「それ含めて進言だ。下を上手く操れていない事がまずもって無能だろう。上手に操ってこそ、そのてん貴様の所は上が無能でも有能の振りが出来て楽だよな」

 踵の辺りだけで踏む余ったズボン裾の感触が気持ち悪く、足を片方ずつ前に投げ出し裾をたくし上げるが、サイズのあまるズボンは彼の頑張りに一つも答えてはくれない。仕方なく、一度立ち止まり裾を折り曲げるが、素直だけが取り柄なのかすぐに元に戻った。

「そうかぁ?」

「そうだろ。有能であることを証明せずとも神というパワーカードをちらつかせただけで誰もが従うのだから、そもそも有能である必要もない。だというのに、よくもまぁ今まで生き残ってこれたものだ」

「国が残ってる理由なんて俺には知らねーけど。けどなぁ、神だなんだと言ってもさ神のために死ねるやつもいたけど、生き続けたいやつだっていたはずだ」

 腕の袖もついでにとまくってみると、白く細い腕が出てくる。すぐに、袖を伸ばし何もかもエースの思い通りにならないダサい衣服に溜息を吐きつけた。

「お前たちの神は万能なんだろ? 良くは知らんが、だが万能が死を望むか、万能であるなら万能であるやつがどうにかすればいい。そういうとこだよ、人が作る神の限界なんて。それを盲信するやつなんて、その先にゃたどり着けん。俺はごめんだね、絶対に死んでも生き返ってやるさなにがなんでも、それでその先にいくんだよ」

「そりゃ、凄い」

 間違いを知らぬアンリのその無謀、その自信、その高慢は腹が立つし、泣き面を見せてやりたくなるが、しかし、目が眩むものでもある。強張る表情筋を動かしても本音が隠せない声音は、エース自身が首を振ってしまうぐらいに素っ気ない。

「何他人事でいるんだ、貴様もいくんだよ。行って、なんだかよくもわからんもんに願う馬鹿どもを導くんだよ」

「はぁ?」

 割れた羽を、アンリに指で弾かれた。指と羽の間に、透明なガラスの欠伸が空気の内側に反響し、くぐもり消えていく。指の熱さにエースは驚き、羽をぴったりと背中に貼り付け擦過傷の痛みに眉根を寄せる。

「お前は、皆の神になるんだよこれから、石クズ達の前で。嘘でいい、演じるだけでいい。お前の知る神がどんなものか、あいつらに見せてやればいい。神を信じるものは一定数いる、それは仕方がない。その理由を俺は知っている。だが、そいつらにだって先に行く権利はあるんだ、行った先でなんでもいい、様々なものを手に入れる権利はあるんだ」

 先に行く事に真剣である事はアンリは大きく見せる。呑み込まれてしまう恐怖も、一つに取り込まれてしまう不安もあるが、胸に無理やり分け与えられた熱さに全身の隅々は茹っていく。万能感がエースの中に小さな芽として顔をだし、あっという間に咲き誇った。

 大きな華だ、無視する事も手折る事も出来ない程に大きくて鮮やかな色彩の華だ。それは、アンリの前に立つと彼が放つ日差しに輝くものだからエースは目が離せない。

「ヒニャも、俺たちも人だ。等しく、権利があるんだ」

 権利がある。エースの中で薄暗いものが照らし出され、醜い形が晒された。

「権利がある、ね」

「あるさ。哀れにもそんな簡単な事もわからねー奴らに、知る機会を与えてやるんだよ。わざわざ、この俺がな!」

 下品といえば下品な大声量で割れてしまいそうな笑い声。だが、エースはそれにつられ、「ひはっ」と変な声で笑った。

「さぁ、神様。せいぜい、俺たちを導いて貰うぞ」

「お前が上手に、従僕できたらなぁ」

「ふん、任せろ。すぐに寝ては食っての飽き飽きした毎日をプレゼントしてやろう」

 従僕の意味をはき違えているようだが、やる気と熱意に燃える若者を前にすれば歳を重ねた大人は静かに口を噤む。それがある意味でのマナーなのだと、エースは知っている。

「まぁ、それも悪かねーな」

 ダサい服を着こなす見慣れない身体をエースは自由に動かしアンリの隣に並んだ。

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