如何にして 32
不恰好な沈黙は、薄い皮一枚。誰でも簡単に破き、全く違う雰囲気を作る事はできたのだが、それを破ったのは室内の誰かではなかった。ノックなしに扉は開かれ、それと同時にハキハキと張りと弾力のあるアンリの「おきてるか」と、尋ねるにしては無理やりな声。
「うるせぇな、起きてるよ」
「よしよし、よぉし! ならば、俺と共に脳みそまで岩屑になった奴らに目にものを見せてやろうではないか!」
二つの小さな頭にあいた三つ目が、揃って据わる。耳が寝込み、アゼルはエースの中に溶け、カルアーはショートの服の中に無理やり身体をねじ込み張りと弾力から逃げ出してしまった。
「わかったから、うるせぇな。夜はあんなにめそめそ静かだったのに」
「今の俺には、自信しかない。そうしたのはお前だ」
「……そうでしたね。見た目で選ぶとこうなるから、やっぱ認めるんじゃ無かったよ」
渋々立ち上がったエースの服装を顔を大きく上から下に動かし見つめたアンリの顔に、目にも騒がしい笑顔が咲く。ショートは、目が痛くなりそうでそっと視線を逸らすと目の前のリーシャも別の場所を心ここに在らずといった遠い視線で見ている。
「良いじゃないか、似合っているぞその服」
椅子から立ち上がったエースをショートは引き留めるが、髪の毛をかき混ぜられ平和はショートだけに降り注ぐ。何もかも心配を溶かす平和の日差し。
「だっせぇ服だよ、俺はこんな服着てサイテーな気分だよ、たく。ショート、ちょっと踏ん反り返ってるお偉いさん達んとこ行ってくるから良い子にしてろよ。りーちゃん、悪いけどこいつの事頼むわ。すぐに帰ってくるから」
ひいた椅子を足で押した時、裸足のつま先に血の気に色づいている事に気がつくとショートは安心した。
揺れる割れた羽が作り出した微弱な空気の波。
「わかった。アンリが鬱陶しければ蹴飛ばして良いからね」
「おっけー」
「おい、貴様ら――」
「マザコン、アセリアに迷惑かけないでよ。あんたの事だから、上手くいくんでしょうけど。それでもね、何かあったら、わかるわよね?」
濃紺の夜空は底なしの闇と同じ。リーシャの見せた双眸の真剣さはそう言う事だ。たじろぎはしなかったものの言いたいことも言えずに、黙って頷いくだけのアンリは扉を開いた時とは変わりエースをともなって静かに扉を閉める。
そこから、数秒の耳鳴り。耳の奥で、エースとアンリの声が残響として残っている。味わい無いそれを、何度か繰り返し聴き直していたショートは、掠れの後に湿った不思議なため息に目線を上げた。
両手で頬杖をついたリーシャは、わずかに目だけで上を見上げ、次にショートを見て、また同じため息をつく。
「本当、傷つくのが下手くそよアセメリアは」
どう言う事なのか。言葉なくともショートの疑問を汲み取った彼女は眠そうに目を伏せて応える。
「本当はね、すごく辛いのよあの人。でも、傷つく事が下手くそだから。ちょっと言葉が荒れてたでしょ? そう言う事よ」
「そ、う」
確かに、いつもよりも言葉使いは荒いとはショートもなんとなしに感じていた。服の中にあるカルアーの実態感を抱きしめて、覚えてしまったざわつきを宥める。
「……本当に、貴方たちは親子なのねぇ」
「え?」
「傷つくの下手くそ。そんな所が似なくても良かったんじゃ無いの。きちんと傷つかないと、長引くわよ」
「あ、うん」
傷ついていたのか。
他人から指摘されて、ようやくショートは己の心中に目を向けざるを得なくなり、そして気が付く。
傷ついていたのか。と、しみじみと、ひりひりとした痛みに口の中に溜まった空気を呑み込む。
味は、しなかった。




