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如何にして 31

 悔いはしばらくのあいだエースの息の根を極端に薄くした。ひっそりと命を紡ぎ、痛みを堪える。ずっとそうしていれば、苦しくはあれどそれ以上傷を悪戯に広げる事はないだろうに、新緑は芽吹く。若い葉の表面に映り込んだ、たくさんの今。彼は、どのように反射するのだろう。

「あーー、やんなっちゃうね。こんな身体になるなんて予想外もいいところだっつーの。四六時中泣き喚く姫さんがあんまりに、可哀想で……」

 少し考え、エースは語尾を濁して言い直した。

「正直うるさかったから、黙らせたかった。だから、気が紛れればラッキーと思って身体を好きにさせた。アゼルがあまりにも俺を尊重してくれていたから、精霊の我儘さをすっかり忘れてた。で、気がつきゃこうよ」

 自身を指差すエースにどう言うことなのか詳しくを求めたショートの静かな瞬き。アゼルの額に口をつけてしつこく息を吹き付けたあとに、明後日を見ながらエースはぼんやりとした輪郭を応える。

「元々、姫さんはアゼルのような実態を持たないんだ。太陽の一番綺麗な場所を切り取って、延々と研磨して、一番の朝露で透明になるまで磨いたもんみたいなもんでさ、意識と意識の交流とでも言えば良いのか、目を閉じた深い場所で会えるんだ。たんに太陽が空にあるだけで漠然とでかいなとか、朝日が綺麗だなとか思うだろ? それと同じことで、そんな風に思っていたらいつの間にか姫さんがな、自分は美しいと思うようになって、こうなった……んだと思う。実際の所、キーキーとしか口が聞けない相手と意思疎通なんて無理な話だから、心象での想像でしかないんだがな」

 よくはわからなかったが、頷いて理解を示したショートは知ったような顔をした。

「あとは何も知らない姫さんが、飢えたケダモノの前で肌をさらしてふらふらすりゃ、そりゃね食いつくって。服を着るって概念がねぇなんて俺には思いつかんかったね。人を恨んでいるから他人には近寄らないだろうと思ってグースカ寝てりゃ、人に最後の望みと期待を抱いた純粋な心は見事に首輪をつけられて、今に至るだ。まーじーで、俺個人としての意識はおっさんで野郎な訳よ! 姫さんがこわい怖いって泣いて無理やり俺が表に出てみれば、目の前にはおっさんだよ。死ぬかと思ったね、つか心は死んだね」

 行儀悪く片足を椅子の上で立て、テーブルに肘をつく。ショートのよく知る、エースが考え事をする時の格好だ。今は考え事よりも記憶を振り返っているせいで、顔はくしゃくしゃになってしまっていた。顔色もどこか蒼を刷いて火傷の跡すらも浮く白い肌は、病的な儚さをともなった。

「首輪のせいで、従わなきゃ首をぽっきり、何度折られた事か。死ぬってのは、何度も繰り返せば軽くなると同時に何とも切ないもんでさ、息を吹き返す事に安堵と苦痛にどこに行けば良いのかわからなくなって迷う」

 無意識だろうエースの確かめる指先は、しつこく首をさするが、そこにはもう赤く食い込んだ痕は無い。

「繰り返す度にやってらんねぇやって結構何もかもがどうでも良くなるんだけど、俺も馬鹿だ。何度となく、明日はと思っちまったし、お前が来ちまったからさぁお父さんは諦めきれなくてよ」

 アゼルの腰を支えていた手で、ショートを撫でた薄い手のひらは柔らかい。それは知らない手であるのに、わざと毛をかき混ぜる撫で方はよく知る手つき。逆立った後頭部の違和感に囚われてしまう。もう一度と願うが、アゼルの甘ったるい他人を拒絶する独り占めはショートの願いを突き放す。

「からだ、は……大丈夫なの? その、」

 満たされない思いがあった。でも、ショートは肩を小さく体を小さくして堪えたし、いつも通りに触れてはいけない、細い身体を前にするとそんな気さえあった。

「さぁ? 今こうして生きてるんだ、平気だろうさ」

 頬にアゼルの頭がドリルのように擦り付けられ喋りにくそうにだが、エースに嫌がる様子は無い。押し返すではなく、彼からも頬を寄せて平和には春の日差しが射す。見ているだけでショートの胸は花の根に囚われ、根の上に咲いた花は寂しげに揺れる。その花を摘みたいのか、その場所にカルアーの小さな鼻が押し付けられた。

「そう言う事で、今俺は同居人と一つ屋根の下、暮らしている。大体日中は姫さんが顔を出すだろう。男の件が会ってから夜に出るの嫌がってなぁ。無理強いさせてもギーギー泣くだろうし、かと言って俺も思ったより図太くは無かったし、なかなか酷い日々だったもんだ。アゼルはうまくのらりくらりとしてたなぁ」

 三つ目を覗き込まれれば、アゼルは意地悪そうに笑った、ように鳴いた。

「そのおかげで、上手くいった部分もあるし、何よりこの見た目だもんな。精神的な獣姦は、あいつら好きなことだろ」

 皮肉に片頬を持ち上げてみてもどこなに平和がぽつねんとあるエースは、人差し指でアゼルの小さな鼻を突いて息を大きく吸い込む。そのあと、両腕を上に伸ばし千切れてしまいそうなボロボロの声を唸らせ椅子の背もたれにもたれかかる。使い古されたタオルの気だるさは、ショートの安心する匂いが詰まっている気がしたのだけど、アゼルの三つ目はショートがその中に包まれる事も匂いを嗅ぐ事も許してくれそうには無い。

 心が狭い。ショートの唇尖る。

「ねぇ、貴方の中にいる姫さんには、名前はあるの?」

 物足りなさそうに肩を落とたリーシャは、その物足りなさを受け入れてしまおうとしたのか頬の強張りを解いてテーブルに両肘をついた。顔だけを持ち上げたエースの得意げな顔。その瞬間、二人が作り出した空気感は穏やか。カルアーも大袈裟に尻尾を揺らして、見せたままの腹をくねらせ撫でろの圧力にショートはせっせと柔らかい毛をかき乱す。手のひらをくすぐり、争いもしない黒い毛は気持ちがいい。

「あるよ。でも、内緒」

「なんで」

 秘密を抱え込んでいる割に、エースは見せびらかし自慢する。

「良いんだよ、姫さんで。どうせ、呼んでもわかってねーから、いいんだ」

 大切な卵を抱え込む親鳥が腹の下にある丸い感触と暖かな温度を隠し育てるのと同じだった。脅かされようと突かれようと、無理に暴かれようと決して卵は割らせない。そういう頑なに秘密を守る意思が彼にはあった。それこそ、リーシャが悔しそうに尻込みをしてしまうぐらいに守られている。

 秘密を誰が手にすることを許されるのか、ショートは気になった。

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