如何にして 27
男たちが十数名、室内にコの字に並べられた机に痛む腰を押し込み、時折血流の悪さを感じてか身じろぐ。室内の見てくれの良さを重んじるのは、誰が始めた事なのか。また、誰にそれを見せつけているのかはガーランドはいくら考えてもわかりそうには無いし、わかりたくも無い。広い部屋は男たちの熱気で現実、酸素が足りないようであったし、視線の中も汚い顔ばかりが並んでどこで息継ぎをしていいのかわからない。飾り照明が天井から垂れ下がり、白々室内を照らす。壁際に並んだ、旗はしな垂れ何を描いているのかまったくわからない。
絨毯は踏めば沈みこんで落ち着かないし、椅子も深々ガーランドの尻を包み込んで鬱陶しい。分厚い窓から覗く夕暮れも、いつも何気なしに見る茜よりも艶やかに見えてガーランドは嫌気がさしていた。着ている軍服の首元もしっかりとホックを止めて、息苦しさのあまりにえずきそうな反射を喉に力を入れて何度やり過ごしたことか。
女神の首だけを持ち帰ればよかったのに、アンリが生きたまま連れ帰ったせいでガーランドは口ばかりが煩い年嵩の男どもに叱責を受けた。すぐさま処分するよう命を受けたものの、その時はすでに女神はアンリと共に基地内で雲隠れ。リーシャ経由で得た伝言は「夕暮れになれば、くそ爺共を納得させてやるから、テキトーに流しておけ。お兄ちゃん」と憎たらしく面倒ごとを押し付ける一方的なものだけ。何とか、四方八方から断続的にやってくる嫌味や叱責、権力の槍を躱し宥め時間を稼いだが、そろそろガーランドの力ではどうにもならない。アンリを下し座を奪った事に今更ながら後悔をしている。
難しい顔をすることに長けた年嵩の男たちの間に身を置く事はどれほど息が詰まる事か。口々にあれやこれやと繰り広げる議論に見せかけた頭脳自慢と、他人の悲劇で格好よく装飾された利己。ガーランドは、何度も何度も溜息を呑み込んでそろそろ吐き戻してしまいそうだ。しかし、そんな事は思っても出来ずにただ身じろぎ一つ満足に出来ずに時間が過ぎて、いつかはやってくるであろう自由を待ち望む。
自ら行動を起こす事はしない。
起こしてしまえば、数多の悪意は彼や彼の庇護下にある者たちに降り注ぐ。そういう苦悩にまみれた愚痴をアンリの横で長らく聞き続けてきた。
愚痴の聞き手の分にはわかったようなふりをして、またか、と思いつつも茶化し同調し時に諫めて流せる事も出来たのだが、やはり当事者となると全体にかかる重力はまったく違う。
「まだか、え、速くつれてこい。勝手な事をしておいて、我々に従うどころか指図するなんて。あの半端もんは何か勘違いをしているのか、自分が椅子から落ちたことを理解していないのではないのか」
隣に座っていた徽章の存在感ばかりがてらてらと光り、本人は塩気すらもうっすらとただ苦いばかりの初老は男は、これ幸いとばかりにいつもは我が強く口数も多いアンリに気圧されるからとガーランドを責め立てる。
「あいつはね人に指図されたとしても本人が納得しなきゃ言うことは聞きやしませんよ。ご存じでしょう?」
手綱を握れないガーランドに責があるのかもしれないが、そもそも手綱を引きちぎって駆け回るのが種違いの弟だ。頭痛の種でもある彼の我の強さはこの場にいる者だったら痛む頭を抱える苦悩をわかってくれるはずだろう。と、そういった期待も無きにしも非ず。飲み下せなかった辟易が言に交じり、思いのほか不愛想になったが男は少しばかり苛立たし気に顔をしかめただけでそれ以上、突く真似はしてはこなかった。
この場にいる全員の頭の中で時計の秒針はそれぞれ固有の音を立てているのだろう。そんな顔をしていたし、幾人かはそろそろ机に八つ当たりをしてしまいそうだった。
尻ぬぐいのために傷ついたガーランド自身の心情を癒したくて腰に下げた刀身の無い柄を撫でる。慰めてくれているのかぽっと咲いた小指の火花が、心に暖かい。指先の癒しが時の旅行へ、そのまま未来へと連れてってくれるだろう奇跡を堪能しようとしたとき、ようやく外から入室を求める声とノックがあった。
大勢の人を待たせているにしては、不遜で自信過剰なノックにガーランドは呑み込み続けていた底のしれない溜息をとうとう吐き出してしまった。
「いやいや、遅くなってしまいました。申し訳ございませんな!」
自信過剰に胸を張り、突き刺さっているであろう室内に充満しているマイナスすらもアンリは自らの肌に触れた途端にプラスに転じ、誰にも遮る事の出来ない足音を、そして負けを知らない勝気な笑みを浮かべて入室した。
まるで、コの字型に並んだ椅子と机は観客席。そしてそこに座る者たちはアンリにどう見えているのか。彼の纏う雰囲気から察するに、美を知らぬと見下されているのだろう。ガーランドの、自意識過剰でなければの話だが。軽そうな両手を腰の後ろに踵を肩幅に、ゆったりと立った姿はよく知っている弟のものであるのだが、どこかでそれは本当であるか、もしくは偽物ではないのかとガーランドは疑いを抱く。
「それで、皆々様顔をそろえてまで私を呼びつけて、一体どのような要件で?」
途端、白白とした氷の冷たさにさらされガーランドの肝はすくみ上がる。
「わかりきったことを、化け物はどこにやった」
くさい演技の大きな動き。薄笑みを浮かべたまま傾げられた首は、少々行き過ぎたせいかなんと無しに気味の悪さがあった。そのまま、ぐるりと頭が1回転してしまいそうな、気味の悪さに白白とした氷の内部にヒビが薄らと入る気配。それもまた、ガーランドの肝を小さく圧縮する。
「ばけもの……? はて、そんな子供の喜びそうなもの、うちに居ましたかね」
にっこりと笑った口の隙間から、並びのいい歯が覗きすぐに無一文字に引き締まり、まさかと開く。
「まさか、私の女神を化け物、と仰っておられるのでしょうか?」
見開く蒼い目。ガーランドの青よりもずっと澄んだ色のせいで、周りの白目に輝きが反射しているのが常であったのに今はどうだ。その、蒼い輝きはあっても、艶なく血管のように張り付いてしまって、まるで青く充血しているよう。瞬きを眼鏡の奥で一つ。首の位置を戻し、今し方「化け物」とここにいる誰もの総意に違いない名札を女神に貼った男に問う視線をアンリは向ける。笑ってなど居なかった。
男の口をたったのそれだけの事で塞いだだけに止まらずに、その場の雰囲気を先とは全く種類のことなった冷たく、重たく、息苦しさにもがく事もできない場へと転じてしまった。ガーランドは、薄い己の呼吸を変に意識しながら、周りを目線で駆け抜け見渡す。不満は残れど、誰も彼もこの場を打ち壊す方法を知らぬせいで、ぐっと堪えている。本当は、流れるまま何も考えずにとりあえずでも話がまとまればよかったと言うのに。アンリの初めてとも言えるねっとりとした瞬間を目の当たりにして仕方なくガーランドは、休んでいたいのだとずっしり動きもしない頭に深呼吸で酸素を送り幾度か閉じた口の中で噛み噛み、ようやっと口を開いた。
「アンリ、真面目な話だ。お前言ったろう、神を殺すと」
「ええ、ええ、境界線を作るなんだかよくわからない神は殺しますよ。俺は言ったでしょう? 女神を人のそばに落とす、と」
交差した目と目。ぶつかったのは、大層なものではないが、激しいもの。
「落としたならそのまま殺しちまえ。あれは、化け物と呼ばれてもおかしくないほどの被害を出した。それとも何か、お前が首輪でもつけて操れるとでも? 曲がりなりにも、女神と呼ぶ化け物を、精霊ともまともに契約もできていない無力なお前が?」
言った後に、ガーランドの胸の中には痛みに張り裂ける彼も嗤う彼も得意げな彼も、たくさんのガーランド自身の顔が火花の様に、ぱっと弾け消えていく。余韻の残った今、火傷の痛みは跡になって残っていた。それを消すには長く時間がかかる。そしてきっとアンリの胸の中にある似ているけど全く別物の痛みもまた。そう思ったからこそ、ガーランドは今し方、自身の発言を無かったことにしてしまいたい羞恥に駆られていた。
「ふん、無能な俺は自ら墓に入ったんだ。女神の奇跡を望んでな。なんなら、呼ぼうか? 蘇った俺の奇跡を」
「は?」
だがアンリは違った。彼の一番柔らかい剥き出しの場所はいつの間にか鎧に覆われ、何も見えなくなってしまっていた。自信にしては受け身の印象濃いその泰然とした様子は、鎧を着込んだ故の鈍さともとれた。思い出の中にある、一つ一つは小さな些細でぼんやりとしたなんでもないが忘れられない日々が消えた喪失感にガーランドは戸惑う。アンリは昨日と変わらずに居るはずなのに、立っている彼は知らない他人の仮面を被ろうとしている。
「呼んでみろ。呼ばれてきたものを見て、化け物か女神が決めようじゃないか。ヒニャの子供を手元に置いたと思ったら今度は化け物、流石に種があちらだ」
誰かの提案が広げた同調の相槌の波。その中で揺られながら、瞬間ガーランドの頭は燃え盛った。だが、一人砂浜に立つアンリを見て肌寒さに歯を食いしばる。
「女神の美しさに、平伏すなよ。それは俺の役目だ」
そう言ってアンリは胸の前で手を組み、組んだ親指通しを押さえつける様に額をつけ祈った、と思わせさっさと手をぶらぶら身体の横に垂らし扉を開けて出て行こうとした。
「ちょ、どこ行くんだ!」
腰を浮かても届かないとわかっている手を伸ばしガーランドは引き留める。
「どこって、だから呼ぶんだって。さっき見に行ったらカルアーと寝てたからそろそろ起きてると思うけど」
「……あ、そう」
「おお、しばし待ってろ」
強くも弱くもない絶妙な塩梅で扉は開かれ、さらに閉じられる。残された面々のできることと言えば、神妙な面持ちを崩さないまま扉が次に開く瞬間を今か今かと待ち続けるのみだ。




