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24/78

如何にして 24

「脂肪が多いからな、すぐさま燃え尽きると思ったがなかなか尽きんな。やっぱりあれか、石を埋め込んだ野蛮な獣は俺たちと作りが違うんだろうな」

 小石を一つ蹴ったガーランドは、感心とは程遠い様子で男に近づいていく。

 近づき、そして、彼は女神に見られたのだ。

 上から振ってきたとも落ちてきたともとれる急降下。新緑でありながら、命は朧げなものとしてしか感じる事の出来ない双眸が遠慮なくガーランドを覗き込む。奥の奥、彼自身ですら気づいていながらも目を向ける事が上手くできない奥深くを覗き込む。お互いの呼吸すらもわかってしまう位置で女神は、それ以上、深くにもぐりこむことなくガーランドを柔らかい手のひらでそおっと押した。

 屈強な背中が、一歩、二歩と足元不確かに退く。剣を力なく落としたガーランドの背中をアンリは緊張の心臓で表面をなぞり見ただけで、すぐさま壊れた羽を一対春の風を産むようなおっとりとした動作で羽ばたかせる女神の裸体を余すことなく目に頬張っていく。

 まさに、女神だった。濡れた頬は雨露を帯び柔らかく光り、細い首に食い込む首飾りは不似合い。美しさを形にしただあろう三対の羽は、その意味を失う程に折れ砕け垂れ下がっているが、だからこそアンリの意識に輝きをもたらす。包み込まれそうな曲線の身体に付いた傷跡と欲望の痕は、今すぐに拭い取ってやりたいと思う反面、そのままでもいいと受け入れる事もできた。何より、閉じた口から一体どんな音がでるのか。無をうつした表情にどんな感情を色づかせるのか、壁にうつるゾートロープの黒い人影を眺める幼い己をはたと思い起こす。

 頼りのない骨が浮く手の甲が、火花の花弁から突き出た男の手を力なく、機械的に掴んだ。膝を合わせ、しとやかに座り込む姿は、この荒れ果てた街並みの中に唯一明日を照らすものだと言われても、馬鹿にする気にもなれない。アンリ自身、そういうものだと信じ込んでいたし、ガーランドも似たり寄ったりであることは動かない背中から伝わった。

 女神は何も言わない。笑いもしない。燃える男の手をとるだけ。炎にまみれた手は、じわじわ皮膚に燃え移っても、瞬きは変わらず漫然とあるがままに今を見ているだけ。

「めがみ、わたしの、めがみーー、」

 炎にしゃがれても、潰える事のない欲望にきらめく声音が女神を求める。だが、答える素振りは無かった。だとしても、男は満足だったのだろう。地面をのたうつまあるく燃える身体は女神の膝に縋った。

「うつくしい、わたしのめがみ、ともにー―」

 死の先までもからめとろうとする執着心に、アンリは吐き気を催し、剣の柄を握りしめ物陰から飛び出す。ガーランドの背中を押しのけ前に。

「っ、アンリ!」

 男が逃げてきた方角から走り寄る二つの黒い影を捉えたが、それすらも押しのける気迫で腰から剣をとる。慣れないために、上手く抜きはらう事は出来なかったが、両手に握りしめ力の限りに男の身体に突き刺した。

「美しいもんを巻き込むんじゃないよ」

 火花の中で瞠目した男の小さな眼が、暗く淀んでいく。死に誘われたからという理由だけでは無い落胆に落ちくぼむ目玉をアンリは蹴って追い払った。転がる身体は見た目よりも軽い。天を仰いだまま、火花に見送られ、そして女神の感情無い目に看取られ男の身体はあっという間に黒い灰となって笑う風に飛ばされ消えていく。その中で燃えずに残った手のひらに包めてしまう乳白色の小石が一つ。

 女神の首に巻きついている首飾りと同じ種類の石をたどたどしく剣を下げていた反対に吊っていた銃を手にとり、黒い銃口を石にぴったりとくっつける。

「むかつくんだよな」

 ためらいなく引き金を引けば白い石は軟く砕け散った。柔らかい石の破片が、アンリの頬を浅く切っても、痛みなど通り越す高ぶり。高揚に頭の中がこんがらがってしまいそうな彼を引き止めた力ない指先。

 何も言わない女神は平和を笑みに変え、高ぶり裏表が逆転してしまいそうなアンリを指先だけで酷にも落ち着かせる。

 今になって両手が重く強張っても、その意味を理解してももう遅い。意地汚く後ろを振り返ろうとしてしまうアンリの両腕の中に、すべてを手放した女神は落ちてくる。内臓を吐き出してしまいそうに咳き込み、細い首を引っ掻く力ない指先に引きずり下された首飾りの中の白い飾り石は割れていたが、ちっとも惜しくなんて無い。

 腕の中に、体温が戻っていく身体がある。

「アセメリア!」

 夜の中から飛び出してきたリーシャに、腕に染みる温度を奪われそうになったアンリは思いがけずに、身体を支える腕に力を込める。腕の力にアンリ自身気が付き驚いて両腕から力を抜いたとたんに、二つの腕が女神をひったくっていってしまった。腕の中に、忘れ去られた黒い人影の寂しい姿が回っているようだった。

「アンリ、大丈夫か。お前……」

 背後から伺うガーランドの存在が、鬱陶しくてそれでいてありがたかった。

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