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如何にして 20

 夜の静けさに口を塞がれたとても、言葉はコミュニケーションの基本だ。表情や雰囲気、手振り身振りで伝わることもあろうが、正しく認識と認識、意思と意志、嘘と真、建前と本音を伝えるにはショート達は言葉を使わなくてはならない。そのため、どんなに夜の静けさが口を塞いでも、目を開いている限り人は口を開く。

「こそこそしてると、虫になった気分にならない?」

 建物の影に続いている木々の影は、自然物でありながらしっかりと人の目をかけられ健やかに枝葉を伸ばす。その影に潜んでリーシャが作り出した光の球は力無く足元を微かに照らすだけ。なも知らない羽虫が数匹、光に飛びついたとたん、音もなく落ちていった。

「どこに居ると思う?」

 さほど広くはない街であるし、戦果の通った後だ見晴らしはだいぶいい。建物は残ってはいるが、必ず欠損を抱え人の営みを守っていた栄華も過去の栄光。

 綺麗なものほど、傷つけばその分だけ魅力的になるのだと皮肉な現実をショートは知った。

 夜の中、街灯の名残はあっても灯りは灯っていない。原始的な火の灯りが星座を作るようにポツポツ咲いているのが見える。その灯りに浮き上がった傷だらけの建物。人が一夜を過ごせそうな場所はそう多くはない。それでも当てずっぽうに指差そうとしても、ヒントが無いせいでそれも難しい。

「多分、一番大きくてマシな建物、だと、思う」

 もうずっと昔の事のように頭の奥底で沢山のことに押しつぶされ、薄っぺらいものがさらに薄っぺらになって向こう側が透けてしまう記憶を慎重に持ち上げる。元々、自身が暮らし属する国の事であったがほとんど何も知らなかったショートには、なんとなくの偏見でしかものを騙ることはできなかった。

「曖昧ねぇ」

 夜の暗い影の中に呟きは落ちていく。しばらく動きも気配も小さな朽ちる事が決まった街を遠くを見るような目で伺っていたが、ふと意識が身体の中にしっかりとはまり込んだ様子で陰の中を踏み出した。

「いくわよ、あのバカ二人がとちる前に、アセメリアを見つけだすんだから」

「大丈夫なの、あの二人」

 突き放す短息は、ここにはいない二人組に向けられているのはわかった。

「多分ね。アンリは何もできないでしょうし、ガーランドがなんとかするでしょ」

 ゆっくりと変に柔らかな地面を踏み出し、影の中からはみ出ないよう気をつけてリーシャの後を追いかける。首の後ろをフードの中に居るカルアーの生暖かい鼻息がくすぐった。



 人の気配は、部分的に集中していた。炎の灯りは街の至る所に、広く灯されてはいるがさしたる明るさではない。周りを照らすどころか深い闇を多く作り出してくれるお陰で動きやすい。大柄な身体をそれでも小さく丸め朽ちかけた建物の影から耳を澄ます。遠くから喉を震わせる品性のない汚らしく騒いだ笑い声が夜の中に不釣り合いに反響して辺りに広がっていった。ガーランドは、その笑いすぎて調子も外れた嬌声に肌で触れるだけで、気分は悪くなっていく。

「寝る時間だってのにうるせぇ奴らだな。これだからヒニャは嫌いなんだよ」

 ガーランドの大きな身体の後ろで、夜に反響する笑い声を一緒に聞いていたアンリはそぉっと身体を弱い光の下に晒す。闇の中から抜け出した頭は上質な錦糸みまがう頭髪を動きに合わせて毛先を揺らした。眼鏡の奥で辺りを忙しなく見回る碧眼は、その内側に晴天の日中を閉じ込めたよう。まるで、母親を見ている気分にガーランド陥った。

「母さんは元気か」

 横目に一瞥した後、口をしっかりと閉じた形の良い口角。アンリは星のない夜空を視線だけで見上げ口を開く。

「あの人がそう簡単にくたばるかって。気になるなら顔ぐらい見せにいけばいいだろ」

 不味くもない、美味しくもない果物の皮。何も食べていないにも関わらず舌の上に残っている渋さに縮こまる感触でアンリは吐き捨てた、親孝行。

 アンリの一方的な子供の心にガーランドはいつだって見えない場所に深く浅く傷をつけられてきた。

「行ったところで歓迎などされないさ。元気ならそれでいいんだ」

 得心の足らぬ不満足げな目元に刺々しく翳るアンリを一体何度後ろで見てきた事だろう。わかった所で益になるこことは一つもないとわかっていながら、手放すことなど考えつかない背後に残る景色を手招いた。ガーランドはいつだってアンリの背後に立っている。それ以下の居場所は沢山あったが、それ以上の居場所は存在しなかった。ガーランドの前に立ち続けているアンリにはその、身を内側から刺されるいたたまれなさや、寂しさ、恋しさなどわかるはずもない。

 理解してくれと、若い頃は思ったものだが今となっては分かり合えない事もあるのだと、ガーランドは自身を慰める事を覚えた。分かり合えない歯痒さや孤独であえてお互い傷つく事はないのだ。

「ふん、お前はいつも聞き分けのいい顔して悲劇ぶる。まぁいい、好きにしてくれ。ただ、邪魔だけはしてくれるな」

「女神を殺すんだろ?」

 どこに敵が居るかわからないというのに、アンリは堂々と闇の中で胸を張って立つ。まるで今の彼は、彼自身が人よりも高い位置に存在ているのだと、思い違いしている自意識過剰の気狂いだ。いつ薄暗い闇夜の下、接敵してしまうかもわからないというのに、彼にはそれに対しての不安どころか、まずもってそれについての考えがなさそうなほどに堂々としていた。慌てて影に引き戻そうとするが、踏ん張る足の底は地面とくっついて意固地に動かない。仕方なく彼のそばに立ってあたりを警戒するガーランドは、次に聞かされた天望に乾いた鼻の頭にシワを寄せてしまった。

「殺せというやつは、馬鹿だ。脳みそも自信もない。そんな無能に従えば心身共に死ぬか、身体が死ぬか、心が死ぬか、なんにせよ死しかないだろう? 落とすんだよ、女神を人に、人のそばに」

 口数だけは多いが、内容は至ってシンプルだ。ガーランドは、今しがた聞かされた簡単な事をわざわざ労力をもって頭の中で分解し、わかりやすく再度組み立て、染み込ませ理解する。そのうえで、「はぁ?」と、中指を立てる代わりに声が立った。

「大人しく殺せよ。どんだけうちに被害が出たと思ってんだよ、女神なんて口だけで、誰だって化け物とは解りあえねーよ」

 眼鏡の奥に物言う蒼穹。ガーランドの口はそれだけで塞がれてしまう。

「分かり合う必要があるものだけが解りあえばいい。神を殺すのは人だ、そうだろ?」

「境界線は、そのままでいいじゃねーかよ。今まで通り、ヒニャの奴らが抵抗してきたら、潰してさ。俺たちはそれなりに生きればいいじゃねーか、なんでわざわざ荒らそうとするんだお前は。母さんは、お前にそんな事を期待してはないだろ。もう少し、親の心をーー」

「想像力のないバカは、だから期待されないんだよ」

 強烈に傷んだ場所がどこにあるのか、あまりにもじんじんとどこかしこにも響くものだからガーランド自身、発生源がわからない。それでも、身体は無意識に手当てを胸に、どうにか生き延びようとする。

「うるっさいな、わかってるよ馬鹿だって。指摘するんじゃないよ、お前今日特にキツいな」

 舌打ちは、響かなかった。だが、鋭く走る獣そっくりに闇に溶けていく。

「開き直るな馬鹿。あのさ、」

 同じ腹から生まれた身体に類似は多くとも、やはり種が違えば中身は相違ばかりだ。短くない付き合いの中で分かっていることではあっても、ぶつかる時はぶつかる。ガーランドが、緩衝としてぶつかる衝撃を逃がそうとしても、アンリはそれを嫌がることもまた、諍いの種だ。

 あからさまに急降下した機嫌に振り回され足音荒く歩き出したアンリの後を刺激しないように気をつけながらガーランドはついていく。いつもの場所に収まったことで、噛み殺しきれなかったため息が漏れた。

「絶対はないんだよ、俺たちは。どんなに努力しただとか、意味がないんだ境界線ってものに人が飼われているうちは。わかるか、お前。勝手に引かれた先の向こう側とこちら側の違いってのは所詮、よくわからんものが作り出した幻想にすぎない」

「だから、そのおかげで俺たちはそれなりに生活をしているだろ」

 ぼんやりと近づいていく炎の灯り。そのもぞもぞと蠢く輪郭に片足で踏み込んだアンリの細い錦糸が朱い艶を浮かべる。

「その線がいつまでもこのままなんて保証はどこにもない」

「それはそうだけど、大体はそのよくわからんものを中心に大陸を縦に線が引かれてるし引き直されたって大きな変化は過去歴史を振り返っても殆どない。だったら、大丈夫だろ」

 ガーランドの故郷も、今暮らしている国もほぼ境界線を引くものが鎮座する建物から真横に引いた線のどこかに存在している。今まで通りであるのならば、外側になることは殆どない。

「わからんぞ。明日には大きく線が書き換わるかもしれない。内側、外側が入れ替わるかもしれない。もしかしたら、今の相手が俺たちを負かして神に十分な血を捧げ目をかけられたら、そっくり入れ替わる可能性だってある」

「いや、ヒニャどもに何ができるってーー」

「女神を生んだだろう?」

 アンリなりに周りを警戒しているつもりなのだろうが、動きは戦場を知らない一般人そのものだ。否、彼は戦場を知識としてでしか接する事がなかった。境界線の内側でそれなりに生きている一般人と変わらない。だから、境界線を無くそうなどと独善の期待を夢に抱いてしまうのだ。子供のヒーロー願望と変わらない。そう思えば、ガーランドは深く肺を膨らませる事ができた。

「だが、実際女神ではないだろ。あのガキの上司だって話だろうが」

「……いいや、女神さ。女神になるんだよ、あれは。神は人が作るんだから、まごう事なくあれは神だ、誰かにとってはな」

 奥の方で品のない笑い声が、反響している。

「そう言うもんなんだよ、境界線も女神も。誰かにとってはつ都合がよくて、誰かにとっちゃ都合が悪くて。国も、境界線も、俺たちの存在がある世界は、なぁそもそもとして誰にとって都合がいいんだろうな」

 ガーランドはアンリが何を言いたいのかわからずに考えているフリをして、適当そうな相槌をいれる。が、それは弟の気を酷く苛立たせた。

 ガーランドにはわからない、その理由。

「ヒニャを獣だとお前は言う。なんで獣だ、あれは人だ」

「あぁ、うん。はいはい、わかってますよ」

「わかっていないよ、兄さんあんたはなんもわかっちゃいない。深く考えずに適応できてしまう馬鹿な素直さが母さんはお気に入りだったのかもしれないけど、あんたのそう言うところ俺は大嫌いだ。ヒニャと見下す外側が獣だと言うならば、間違いなく俺もあんたも獣だ。どちらも境界線に飼われた獣にすぎない、人ですらない。母さんを前にした俺とあんた、それが境界線の向こう側とこちら側の違いだ」

 下品な笑い声は、止まる事なく一つが二つ、二つが三つ、三つが一つと様ざま変わっていく。妙にその下品でしかない和音に気を取られてしまうのは、現実逃避であるのだろうかと、ガーランドの頭のなかはそんなことでいっぱい。蒼穹に睨まれ囚われても、広大な期待の夢がどこまでも続く空が望むように頭を使うことはできない。

 いいや、ガーランドは、そういう難しい事を考えたくはないのだ。考えようとしても、その途端に彼自身でもわかってしまうぐらいに思考は止まる。その先へはいけないのだと言わんばかりに。

 まるで、頭の中に境界線が有るかのように。

 先を見る、種違いの弟。いつだって母親の期待は、年下の弟のもの。何も期待されないガーランドにとって母親の期待は星々が目の前で瞬くように、そして空のように広く広く、美しいものが沢山詰まった憧れ。羨ましい妬ましい、だけれど母親の期待を浴びる弟を嫌う事などできないし、傷つける事だってできない。

 弟は母親の大切なものだからだ。

「今、この世界の隅々どこを見ても、すべてが境界線に作り出されてんだ。俺たちは、作り上げたと思い込んで壊したと思い込んで、ただ、お人形遊びに使われてんだって、わかれよ。いつか、は明日にだってなる。明日、神様って言われてるもんの気が変われば俺やお前、母さんだってヒニャになるんだ」

 遠くで、悲鳴が上がった。女の悲鳴だ。それはすぐに下品な笑い声の群れに埋もれて、途切れた。

 ガーランドの止まった思考は母親を思って悲鳴を追いかけ、容易く前に嫌な未来を考える。

「そんな事になったら、俺は、神だろうがなんだろうが殺すぞ」

 もしもの幻想に植え付けられた殺意が光り輝いた、訳ではなく、月の上がる夜空を地上から白い光は暴く。見慣れたリーシャの光。荒々しく辺りに陰影と発光をうねらせ、悲鳴が散らばったのが聞こえる。

「そんな事になったらもう何をしても遅い。その前に殺すんだよ、馬鹿なおにーさま」

 アンリは駆け出した。地上で暴れ唸る憤怒の光の下へ。そして、ガーランドもまた、背後に誰かを置き去りにする感覚はあれど身のうちに湧いた殺意を原動力に彼と比べればまるで頼りないが、期待を背負う弟の背中を追いかけた。

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