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如何にして 17

 押し込められた一室は、もはや牢屋と変わりやしない。エースが白に飲まれ消えてしまった後、前線の野営地まで戻ったショートとリーシャはすぐに拘束されアンリの元に送り返された。

 丁寧に見張までつけてトラックで超特急便でだ。戻ってすぐに休む暇なく椅子だけしか無い部屋に見張りを数人つけられ閉じ込められている。ショートはしっかりとした重みと鉄臭さの黒ずんだ手錠をかけられ窮屈この上ない。幸いリーシャの手足は自由のままだったが体格の良い見張りの男達に気丈に振る舞っては居るが、背中が下がっている事は見え見えだった。

 窓もない部屋の中は、どんよりとくすんだ空気に満たされ息を吸えば吸うほど肺は重たくなり、吐けば吐くほど室内は胸の内のものです澱んでいく。悪循環が出来上がってしまい、そのうち酸欠で死人が出そうなほど。時間の確認もできない、気の遠くなる時間を部屋の中で過ごしていた。

 その中で、いつも通りを崩さないのはカルアーだけ。ショートのフードの中でいつもの通り丸まってすまし顔。引き離そうとしたものは、等しく見えない壁に阻まれ顔をぶつけていた。

「カルアーは猫じゃなくて、精霊」

 誰も手出しのできない様子を見て、ショートはしっかりとカルアーの存在がなんであるのかをようやく理解した。黒い尻尾をゆらゆら、ショートの肩を歩き膝でくつろぎ、フードの中で寝息をたてる。時にはしつこく鳴き続け見張りから飲み水すらもらっていた。自由というべきか、人を見下していると言うべきか、人の営みやそこから生まれる諸問題はカルアーにとってどうでもいいことなのだろう。そんな姿を見ていると、さまざまな事が頭を巡る。

 無邪気に人を踏みつけても罪悪のない様子は、まさしくカルアーとそっくりだ。しかし、その後尖った眼差しで真剣に人を殺しながらも平和の笑みをショートに与えた姿は、記憶の中に居る分厚い胸板の彼だった。精緻なガラス細工で作られたような光る羽、そこから産み落とされた卵と中から這い出てきた既知の故人。死んだように見えたし生き返ったようにも見えたエースと、ショートの願ってしまった神。

 どれについて考えて、どの順番から片付けていけばいいのか選べずにショートの頭の中は散らかり放題。ただ、大きすぎて自身のことながら捉えることのできない大きな穴がある事だけは漠然とわかって、普通寝ていたカルアーを引っ張りだし耳先を咥えた。

 ぼんやりとした自身を遠くから見ている時間は、ガーランドがやってきて少しだけ現実の匂いがした。厳しい全身の雰囲気が、室内に硬さを与える。それですら今のショートには息継ぎの隙間になる。

 ガーランドな部下らしい男たちを背後に3人連れて部屋に入るとリーシャは身じろいだ。

「面倒くせぇ事ことをしてくれたわけだが、なんか申し開きはあるか?」

 部屋の外から投げやりに持ってきた椅子に座るや、ガーランドは口を開く。言葉通りに面倒臭そうでありながら言葉にはしない緊張感。

「申し開きもなにも、先に邪魔をしたのはあっちよ」

「逃げ帰った奴が言うにゃ、チビが邪魔をしなけりゃ殺せたんだろ、女神様ってやつを」

 軽い調子を保とうとしているのはわかった。だが、ガーランドの喉には力がこもり、声音は低くショートに振動となってぶつけられる。ショートは下の歯の裏に舌を擦り付け、男と同じように力を込める。

「なんかいうことはねーのか。何人も殺しておいてよぉ。それともやっぱりお前はヒニャで、俺たちが死んだら嬉しいか?」

 散らかった頭の中にどうにか場所を開けて考えた。考えたけれど、死んでいった男たちのことなんて一つも無かった。否、一つだけ色濃く残っている。

「……死んだ奴らのこと、を、考える余裕は無かった。でも、俺は殺してない」

 今更軽蔑に晒されたところでショートに傷をつけることはできない。ガーランドやヒニャとショートを見下す敵国で有ればなおさら。

「お前わかってる? お前が女神様を守ったんだよ、クロちゃんと契約したその力でな。お前が守らなきゃ死ななかった、なぁ、お前はまごう事なき人殺しだよ」

 肩に乗っていたカルアーが寄せた頬の香ばしい匂いを嗅ぐ。嗅ぎ慣れた匂いに口をつけ、吐息に「ありがとう」を混ぜ込む。

「お前、なに笑ってんだよ」

 気がつくと部屋にいた全員が、気分が悪そうに眉を顰めていた。リーシャも、理解ができないと全体の雰囲気で言っている。

「違うよガーランド。俺が隊長を守る事が出来て、そのせいで死んだ奴がいたとしても、そいつらは獣だから人殺しじゃない」

 部下らしい男がガーランドの後ろから飛び出して拳を躊躇なく振り下ろす。椅子が倒れる音は小さく聞こえたのは、殴られた耳が限界まで引き絞った糸を弾いた時の音が大きく鳴っているからだと気づいたのは、腹を蹴られた後だ。迫り上がるものを抗わずに吐き出すと、胃液の臭い。取り押さえられた男が喚く割れた声を聞き取ることは難しく、本当に獣が雄叫びを上げているようにしか聞こえない。だから、ショートは痛みがあろうが、喉を焼く苦痛の嘔吐があろうが、くすぐられ続けているように、けたけたくすくす肩を揺すり笑うことをやめられなあ。

 口元を拭い、顔を上げる。一変してしまった室内の空気に馴染んでいるのは、そこを作り出したショートだけ。爪弾きにされてしまったガーランド達がまるで人の手の中にいる小動物に見えた。それ故に、ショートは何もかも、境界線も神も、人も獣も。他人も自分も馬鹿らしくなった。

「獣をみたことがあるんだ、小さい頃に。そいつらはさ、無抵抗の人がどんなに助けてっていっても、やめてくれっていっても笑っていたよ。馬鹿みたいに大きな声で、げらげら笑ってさ、頭おかしいんじゃないかって。子供の前で親を殺す、親の前で子供を殺す、そんなの生ぬるいんだって、人って弱いんだって。普通の獣はさ、食料を得るために狩をするだろ? そいつらは違ったんだよ、腹が減ったから狩をしたわけじゃなくて、ただおもしろいからって理由で、どれだけ周りを笑わせられるかって正気を疑うほど残酷に両親や知り合い、同じ街に住む人を手当たり次第、目につきしだい殺していった」

 口の中に溜まった血をショートは吐く。

「あんたらは知ってるだろ?」

 周りに無知の顔は無く、だが、思い出せぬといった顔しかない。ショートの両肩は落ちる。

「そんなものか」

 そんなものでしかないのか。

 染み込んでいく感情が骨に触れた途端に、真っ赤に染まった。血潮が巡る、ショートの全身を駆け巡って、最終的に脳みそに熱が溜まって視界が溶ける。

「知ってだろ! 俺がまだ獣になる前、無抵抗な市民を盾に前線をのいたのがうちのクソッタレの獣だ。その無抵抗な、無抵抗すらも満足にできない市民をなぶり殺し笑ってたのがお前ら境界線の内のクソッタレ共だ」

「俺たちはそれには、参加はしていない」

 責任はないのだと言われても、ショートには馬鹿にされているようにしか聞こえない。

「参加していなかった? 自分達は手を下していないから無関係だと言うのなら、俺が隊長を守った事で死人が出ても無関係だよな?」

 咄嗟にガーランドの手がショートの胸ぐらを掴み上げねば、名も知らない男に殴られて言いたいこともいえなかったかもしれない。偶然の怒りに得た時にショートは、叫んだ、米神の血管が引き攣るほど叫んでやった。

「そっくりだよ、お前ら無抵抗な人を殺した獣どもに! だから俺は獣になった! 人は獣を殺せない、殺されるだけなんだって知ってしまったから、俺はお前らを殺すために人を捨てたんだよ!」

 後頭部を叩きつけられ刹那、世界が飛んでいってもショートの中から、獣を嘲笑う声が、巡る熱い血潮がなくなることはなかった。

 理性の無い暴力を受けても、ショートが折れることはない。殴られようと、傷つき血を流そうと、巡る血潮がそれらを全て鈍くさせる。目を見開き、人の皮から覗くガーランドの本性を嗤った。途端、全てが何度も白く弾けた。

 息継ぎも許されず、陸の上に転がっているのに溺れてしまいそうになった。カルアーの鳴き声が嫌にはっきりと聞こえ、ようやく息づぎができるようになったが、喉の奥に血が集まって膜をはり呼吸が詰まる。

 誰かがうつ伏せにした背中を叩いてくれてようやく粘着質な血を吐き出す。身体が大慌てで忙しない呼吸を繰り返すせいでまた意識は遠くにいってしまいそうだった。

 首の後ろが熱かった。

「馬鹿、殺したらそれこそ獣よガーランド! すぐに医務室に!」

 すぐそばできこえたリーシャの声は顔に響いて直接骨に触れ痛みがある。周りが何やら動き出した事には気づいていたが、ショートの目には白と黒、たまにぼやけた色彩の欠片がめくるめく。その速度はついていけないほどに早すぎてショートは、どうにでもなればいいと五感をどこかに投げ出した。

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