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如何にして 14

 夕焼けの中を泳いで、前へ前へ。

 境界線の元へ近づこうと、倒れた人を置き去りに前へ。銃を抱える人を横目に前へ。そして、静けさの中で死が魂を抱いて彷徨う前線にショートは立った。音も死んでしまったのだろうか、静かな赤い大地は遠くまで歪な凹凸を広げている。微かな街の面影が残っていると、その方が不自然にすら見える。

 ここはもし、死が栄養となるのであれば身体から生まれてすぐの魂を育てるには申し分ない養分がたっぷりと詰まっている。

「静かだ」

 弾力のある何かを踏んだ。よく見る前にリーシャに叱られ顔を前に戻す。

「相手が撤退してくれてるから、うちも一度引いて体制を立て直せる。けどね、静けさなんて不幸の前触れでしかないの。さっきの聞いた話だとね、女神は降りてくる、必ず。息も絶え絶えに逃げる私たちを殺しに降りてくるって」

 空を見上げた。雲も空も、何もかもが夕日に濡れている。まるでそこへ落ちていけそうな色の透明感。夕日に濡れる空とはこんなにも鮮烈に光るのか、その呟きは感嘆の吐息に変わり赤い光の中を泳ぐ。

 ぼぉっと、ただ見ていた。静けさの似合う空を見る目から輪郭全てが溶けてしまいそうな恐ろしさを感じた時、空の中にあったショートの意識を手繰り寄せる高質が折り重なり重量を持った音の群れ。ぎこちなく軋む首の骨を動かし、荒廃の大地を見る。

「なにあれ」

 人の大きな群れが一つ。様々得物を身につけ、赤の中に隠されたものを踏みしだきやって来る。訝しんだリーシャは、恐る事なく群れに近づいていくと先頭を歩く男の足を止め口を動かさせた。離れた位置で見ていたショートには二、三、会話を経てリーシャが夕日の中で男に詰め寄る。だが、分厚そうな黒の手袋に守られた手で押し返され、群れはまた歩き出しショートの位置から離れ、瓦礫の影に紛れて見えなくなった。残ったのは遠ざかっていく重量ある音だけ。それもすぐに赤の中を泳いで聞こえなくなった。

 しばらく群れの消えた方向を見据えていたリーシャは、肩を大きく揺らしそれでも残ってしまったものを捨てられずに足取り荒く戻ってくるや、舌打ちを混ぜて吐き捨てた。

「くそっ、邪魔者はどっちよ」

 赤の中でも、リーシャの濃紺はしっかりと残り遠くを睨む。隠さない怒りの矛先は誰かを刺さねば治らぬと、ショートを無遠慮に刺しだす。

「信頼されてないことなんて百も承知だけどね、あんなもん寄越す? これじゃあ、誰を標的にしてるのかわかんないっての。あんたわかってる? あいつらはね、私らが失敗したらそれまで。もし女神に寝返ったら、なんならあんたが何をしなくてもをどさくさに紛れて首を刎ねろと任されてここに来たのよ、だから言ってたでしょ首のものは隠せって! あのおっさんに丸バレしてる、あんた下手したらここで闇討ちよ。アンリの存在なんてあいつらからしたらお飾りもいいところだもの、保護なんて無かったことにされて終わりよ、おわり」

 早口で捲し立てられてしまうと大切な部分すらも頭の中に止まらず、束縛嫌う静けさの中を泳ぐ赤の風に紛れて消えていく。なんとか、尾っぽを捕まえ話と話をつなぎ合わせてみたが、ショート自身、命の危機感よりもアンリの位置が疑問だった。

「アンリ、は、でもリーシャ達の上にいるんでしょ? それともあのおっさん達の方が偉いの?」

「まさか! アンリの方が何倍も権力を持ってる。持ってるのだけど、それが使えるかは別問題。……アンリはね、少し立ち位置が微妙なの、あんたとまた別の意味でね」

 鼻にかかった相槌を返すとカルアーの細い鳴き声が聞こえた。首を少し捻ると、頬にあたった香ばしい匂いの毛。擦り付けられる髭の張りが気持ちいい。

「カルアーがアンリを選んでくれさえしたら、また少しは変わったのかもしれない。ねぇ今からでも遅くはない、アンリと契約してちょうだいよ」

 人差し指をカルアーの鼻先に持っていっても、黒い鼻は知らんぷりでショートの肩の上をひょこひょこ軽い足を動かして反対方向へと逃げる。もしもの残滓隠れたリーシャの短息。

「ま、わかってた事だけどね」

 その一言がスイッチだったのか、すぐさま猫目をツンと尖らせ彼女は辺りの空を見渡した。

 ひっそりとした風が運んでくる街の名残が泣くにおい。ショートもカルアーと共に空を仰いだ。。燃える夕陽に目を潰されそうだ。目を閉じても、真っ赤な視界。瞼の裏に広がるどこまでも奥深い赤の光を追いかけてしまえば、二度と目を開けられなくなってしまいそうな恐怖があるのに、その奥に踏み込まなければその奥にかすかに居る誰かに追いつけない。

 目を開いた。

「あ……」

 星が一粒落ちてくる。

 白光の切れ味は鋭く赤を引き裂いて落ちてくる。

 空中で、一つが五つにわかれ、また一つに戻る。

 そうやって、星が落ちてくる。

 それは、奇妙であるからこそショートの意識を惹きつけた。美しかったのだ、星が空から落ちる様が。リーシャが無言で駆け出さなければ、いつまでもそうやって星が地面に落ちるまでを見つめ続けていただろう。慌ててショートは追いかけるが、やはり目は落ちる星を追いかけていた。

 星は落ちた。

 音もなく落ちた。

 その場に駆け付けた頃には喉に溜まる鉄臭さを呑み込んで、跳ねる呼吸を繰り返す。服の下に汗が滲む。リーシャの息は落ち着いてけれど、赤く光る汗の滲みで首筋が細く見えた。

 星は、そこにあった。目の奥に鈍痛を覚える程、強く光る星。だが、それが星では無いことなどショートは頭の中でわかっていた。

 光に入った切れ込み。左右一対づつ開いていくそれは、精緻なガラス細工のようにこれ以上にない完成された模様がある翼。全部で三対の翼の中に抱かれていた女神は立っているものの無表情で眠っているのか目を閉じていた。

「アセリア、」

 か細い手をリーシャは伸ばそうとして、止まる。ショートは、聞こえてきた名と女神を見比べる。細い首に食い込む首飾り。薄い胸板、見慣れた軍服の中に泳ぐ繊細な輪郭の身体。くせっ毛の襟足、女性的でありながら全体的な雰囲気に重なる面影、そして、開かれた両目にはまった青々と夏に翻る柔らかい新緑。目の中で新緑が転がれば、瑞々しい艶も転がる。

 星から生まれたそれは、まごうことなく女神たる存在。女神たる光り、女神たる眼差し、そして狂いのない造形は、それゆえにどこか温度の無い無機物感が強い。

「たいちょう、」

 薄笑みを浮かべた途端に、熱は身体の隅々いきわたる。

 頬に咲いた薄紅に、表情筋の陰影に、残虐さを隠さぬ素直さに命の熱は宿った。赤い世界に浸された裸足のつま先が地面から離れ、首の後ろから広がったガラスの翼は赤を嫌い白く自ら光る。一度空を睨みつけ、鳴いた。吐き捨てられたものを拾ったショートの耳には、鳴いたとしか聞き取れないが、記憶の中に残るエースの声とどことなく似ていた。

「アセメリア、ねぇアセリアなの?」

 静かな水面に花びらを落とすように、リーシャの問いかけとカルアーの鳴き声は落ちていく。すると、空を睨みつけていた顔が顎からゆっくりと下りてリーシャには見向きもせずにショートの肩に居るカルアーに向けられる。片方の目じりを眇め女神は口を動かす、が、やはり鳴いているとしかわからない。話し込むような掛け合いではなく、ただお互いがお互いにぶつけるだけのやり取りは、長くは持たなかった。

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