如何にして 13
テントと言うには頑丈な壁があり、しかし建物というには貧弱な壁。その中に集まった冴えない顔色達は、あたりの顔色を伺い次に誰が悪魔の贄になるのかを探っている。
間違っても自分ではありませんように。落ち着きなく早いテンポを鳴らすつま先や貧乏ゆすりの願いが目に見える。大きな身体と大きな威圧的な印象がハリボテのようだ。誰かの首を生贄に捧げようとしている空気をリーシャは気にせずに捲り上げた。簡易テーブルの上に広げられた地図や駒、さらには群がる年嵩の男達を追い払うように手を振り輪の中に入ってすぐ、彼女は地図を顔を動かさずに見下ろす。
「なんのようだ」
乾きくっついた唇を無理矢理開いた男が一人、細く小さく薄いリーシャの乱入にあからさまに顔を顰める。
「女神様に会いにきたのよ。次、私とあいつが前線に出るから間違えて襲ってこないでよ?」
邪魔者を態度で追い出そうとするものは多けれど、リーシャの小さな身体はびくともしない。それどころか、キツイ猫目はくるりと辺りを見渡す。そして、身を翻し入口の外で中を覗いていたショートに入ってこいと顔を動かす。
「で、女神様はどう? ご機嫌かしら」
「ふん、喚いてばかりで流石に女神様だよ、人の言葉は知らないようだ。で、会ってどうする。殺すか?」
「そうね、お喋りでもしようかしら。もしかしたら、私かあいつなら言葉が通じるかもしれないでしょ? あんたらは見た目むさいし、女神様も獣と見間違えたんじゃないの?」
瞬間、その場が尖った、が、それも刹那に隠される。
「ま、それは冗談としてね。私もそいつも、もしかしたら女神様を知ってる。だから、もしかしたら女神様も私たちを知っている、だったら少し期待があるでしょう?」
あれはエースでは無いのだ。そう反射的に噛みつこうとするも、口を開けると同時にリーシャの手は小煩いと制す。血潮の熱さをとどめておくことは不快ではあったが、下唇の内側を噛んでショートは耐えた。
「であれば早いとこあの化け物をどうにか説得してくれ、そうできなきゃ殺せ。これ以上の被害はわかるだろう? 最悪境界線の中心が今動き出したら外と内が入れ替わっても不思議じゃない」
深刻な沈黙は重たい。
「そうなれば、今度は俺たちが獣だ。そんなものにはなりたくは無い」
ぐうるりとじっくりと男達とリーシャを見渡し目に映る人はショートと同じ形をしていた。瞬きの中に、それを閉じ込めた。
入口の隙間から見えた夕陽色の中に立つ影は細く長く伸びる。人の影にかと辿れば瓦礫だった。話し合いはショートを置いてけぼりにして進み、何が何だかわからないまま纏められ、しまいには理由もわからずに勝手に価値の有無を決める天秤に乗せられ、重さを計られている。そう言った無言の目があった。このまま、触れるか触れないかの曖昧な立ち位置を探すか、もしくは蚊帳の外に出てしまいたかったのに地図を囲む者は離してはくれない。
「これはなんだ」と誰かが問えばリーシャはツンと澄まして「保護した子供」と応える。すでに自国では成人した身ではあるのだが、わざわざ訂正することが幼い証明のようでショートは子供と言われるたびに聞かなかったことにしている。
無遠慮に上から下まで価値を計られる事は気分が悪い。一度だけ、一番偉そうな顔をしていた男と目を合わせてすぐにそらす。カルアーがのんびり欠伸をしながら肩に登った。
「アンリ坊がご執心してた野良じゃないか。なんだ、その子供についたのか」
つん、とリーシャのようにカルアーの鼻先はそっぽをむくついでに、ショートの耳朶を甘噛みしてここから出ようと誘う。勝手に値段をつけられ胸のどこかが無機物になっていく違和感はショートの身体の中を縦横無尽に巡る血潮は嫌悪した。カルアーを真似して入り口の方を僅かに向くと、男の詰まらせそれでも苦しげに吐き出された溜息。キリキリとネジを巻く音は幻聴であって、だが、確かな音。
「ここに居られると困るんだよ、ああ言うのは。ここはな、玩具を投げ込めばどんなものであろうと壊されておしまいなんだ。リーシャ、さっさと女神様話をつけるかどうにかして、それを持って帰れ」
「壊すのは想像力のない馬鹿でしょ。規律一つ守れないのであれば、それは獣以下よ。きちんと手綱を握っといてちょうだい」
今にも弾けてしまいそうな音がキリキリとしている。背を丸めてショートの陰に隠れるカルアーの尻尾はショートの首の後ろを不機嫌丸出しに叩くと舞い上がる香ばしい匂い。それに誘われ思わず黒い毛の頬を髭ごと食んでしまうと、諌める黒い手に叩かれる。
「あれが、女神だか化け物だかに傅くようなら殺す」
身体事ツンと翻ったこの中で唯一の女であるリーシャは、大きな男達の壁が周りにあろうと身を縮こまらせる事はない。
「馬鹿ね、傅く神なんているわけないでしょ」
リーシャら立ち尽くすショートの頭に手荒にフードを被せ、無理矢理押しやりテントの中から押し出す。
外は赤い夕焼けに染められ水底の深さがあるよう。
先に外に出たショートは、テントの肩越しに振り返るリーシャの握り込まれた手に気がつく。
「もし居るのであれば、私は傅いて阿って取り入って、何をしても手のひらを取り戻して、握りつぶしてでも離さないんだから」
赤い底に転がった石ころは、尖って居た。




