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如何にして 12

 相変わらずショートの1日はリーシャについて行く事が多い。だが、ここ最近では訓練している人達の邪魔にならないように隅の方で身体を動かしている。熱い血潮が巡り出してから、ショートの頭の中は狂ったように変質した。今まであんなにも疲れ果てていたし、どんなに休んでも取れなかった疲労が砕けその破片も血潮に呑まれ燃え出す。動いていないと落ち着かなかった、かと言って何をしたらいいのかわからずにひたすらに身体を動かし続けた。うんともすんとも言わない首の後ろの精霊石は相変わらずで、それだけはどんなにショートが動こうと冷たいまま。指でなぞると、必ずカルアーの甘噛みがある。

 黙って呼吸をしている、それだけで心臓は逃げるように震え出す。ショートは、その背筋が縮こまる感覚に身を震わせ走りだそうとした。

「こっちこい、ちび! アンリが呼んでる」

 遠くからでも、大きな声が数歩駆け出したショートの幾分か太く厚くなり出した肩を引き留める。振り向き見ると、奥の方で手招いている金色の形の良い輝き。アンリも外に出れば金色に頭を輝かせるが、あの広い肩幅と太い首はガーランドしかいない。足先を回し、小走りにショートはかけていった。その時にどこからともなく現れた後頭部への衝撃は大きく、歯を食いしばり前に出した足の着地点を見極めなければ倒れていた事だろう。止まりそうになった足を、それでもショートは前に動かした。振り向くことはしない、それよりもアンリがショートを呼ぶ理由が大切だった。彼が意味もなくふらふら一人と一匹で血潮に弄ばれているショートを呼びつける程に暇ではないし、彼とショートを結ぶ繋がりなど神と女神しか無いのだ。

 大股で早歩きのガーランドの背中に追いつき、早歩きについて行く。目の前を歩く男の背の高さは果てなく、身体の厚さも果てなく。この大きな男のそばに居るとどうしてもふとした瞬間にエースの事を思い出す。そして、必ずエースなら、と思うのだ。

 そう思い出したたのはいつからなのかと言う事は明確だった。ずっとショートに巣食っていた疲労が砕けてからと言うもの、思い出の一つ一つに心身が正直に反応するようになった。まだ、季節の変わり目よりもゆっくりであり生きた感覚としては不出来ではあるが、それは時にショートをまろやかに守り時に激しく苦しめる。ガーランドの肩の辺りを見ながら、奥に奥に入り込む後頭部の痛みに気を取られつつも、暑さのせいでも身体をうごしているせいでもない冷や汗の滲んだ額を拭った。

 ノックなしに扉を開いたガーランドは、無言で顔を動かしついてきたショートにはいるよう命ずる。大人しく中に入ると、汚い簡素なテーブルに埋もれるように両肘をつき重そうな顔を両手の甲で支えるアンリの追い詰められた獣の如き反抗的な顔。そばに控えるリーシャもまた、追い詰められ諦念に今にも身を委ねそうな弱い獣だっま。

「端的に、悪いがお前に前線に出てもらう。あの女神の餌となるかならないか、試させてもらうぞ」

 勝手に開いたショートの口。だが、吐き出すものを選び取る事はできなかった。

「ねぇ、本当に戦場にだすの? 何もできないのだから、別に出さなくたって……」

 ゆっくりと小綺麗な選択肢を選ぶように、唇の端を痒そうにしてリーシャは呟く。その途端、室内は静まった。数秒にも満たない沈黙はあまりにも長い感覚。たまらずに口を開こうとして、果たして追い詰められた獣は納得するのだろうか、そんな疑問をショートは抱きまた口を閉ざす。

「俺もそう思うぜ。カルアーがそばに居るって事は、多分人の血を知らないって事だ。それに、力もなんもないこいつはただのガキだろ、女神ってやつの前に置いてみろよ。瞬きの意識すら持たずに殺され――」

 顎を引いて肩から僅かに振り向くと後ろの方で扉に寄りかかったガーランドは明後日を向いていた。後ろから追い抜いていく声を抜かしてショートは身体の中で渦巻く血潮に耳ともを塞がれる。

「行くよ、俺」

 液体を限りなくゼロまで送り出すせいで、ぐしゅっ、ぐしゅっ、と血潮は言う。

「あれは隊長じゃ無いんだ。違うんだ、リーシャは似てるって言うけど違う。だから、違うって確かめに行く」

 急き立てられた血潮は何から逃げているのか。ショートの確かめなければいけないという、使命とも強迫観念ともとれる必死な焦燥感。諦念の獣がショートの中に居て無言の恨みを抱いたとても、邪魔をするというのであれば今ここで殺せてしまえる。熱く流れる血潮の中に切り刻んで溶かしてしまえる。

「……いいねぇ。まぁまぁ覚めた目でしかと見てこい。ガーランド! お前も着いていってできれば、殺してこい。いいだろ、違うんだからさ」

 噛みあぐねた植物の繊維がどこかに詰まった顔をしているガーランドは、それでもそれを腹に呑み込んで頷こうとした。

「私が行く」

 無理矢理に押し込まれた刃こぼれの横槍。それを手にしているリーシャが刺したのは、紛れもなく、

「私が、着いていく」

 彼女自身だ。


 太陽が注視する血の塊。乾いた噴水だったものの底に土埃と抱き合って固まったそれ。黒い瓦礫の中に溺れた人の手を鴉が足で掴んで飛んで行った。身体はどこにいってしまったのだろう。

 蝉の声か怪我にうめく獣の声か、人の声か。なんとか横の壁と天井の一部が崩れずに残った学校の体育館のような場所に、墓標の位置取りのようにたくさんの怪我人な並べられている。

 頭と足先で作られた狭い通路を行ったり来たり、休むことを禁じられた看護師達は死神のようにショートには見えた。。

 キツイ臭いがした。ツンと不衛生な臭い。腐った臭い。朽ちていく人の臭い。その臭いを嗅いだショートは戸惑った。悲しめばいいのか、喜ばいいのか。しかし、血潮の中に認めない憤怒の全てが混ざっているせいで、死を待つ墓標を作った原因に怒りが湧くことは無かった。

「怖い?」

 キツイ猫目をしっかりと開いて、割れた壁の隙間から中を覗き込んだリーシャに凪いだ水面の顔で問われ、ショートは目の離せない空間を漫然と、一枚の漠然とした絵のように見つめる。

「それとも、敵が沢山倒れてて嬉しい?」

 少し考え、ショートは首を横に振った。

「少し不思議なんだ」

「不思議?」

 左右上下、どこを見ても既視感がそぉっとショートを見ている。沢山いるそれらに、ここで出会うことが不思議だった。

「この国は、内側なのに、でもよく似てるよ。こうやって生きてんのか死んでんのかわかんないのが並んでると、外側とそっくりだ。あぁでも、治療してくれる人がいるところは違う」

 血の腐った臭いも、覚えがある。だが、そうであってもここはショートの居た国と間違えてしまう事はない。それも不思議なことだった。

「あんたんとこは、弱いものね。境界線の外側は恵まれない世界なのによくもまぁ、恵まれた私たちから血を搾り取ろうと思ったわね」

「そんなの、神様が望んでるからね」

 殴られはしなかったが、荒々しく歩き出したリーシャは今すぐにショートをぶん殴ってやりたいのだと勇ましく風を切る肩も背中も言っている。その後を距離を開けて追いかけながら、首の後ろに手を伸ばした。

「……悲しい、か」

 生暖かいカルアーの舌の感触。

 エースは、ショートの熱い血潮の中でしつこく生きろと言い続けている。

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