彼らは、如何にして
機能等おおよそ何もわかっておりませんo
テーブルに並べられた沢山のジョッキの中、琥珀色の酒が並々波紋を揺らす。肉の塊、大きなパン、焼いた魚に煮た屑野菜。そのどれもが、色の薄い匂いを辺りに漂わせしかし混ぜこぜに全て一つとなり、主張の薄い匂いに変わった。
食堂の食べ物をできる限り喰らい尽くしてやろうという気概の卓上。その周りには朝からどんちゃん騒いで、酒を飲み肉に噛みつき、魚の太い骨でジョッキの酒をかき混ぜる十数名の者どもは、男女関係なく、みな等しく尖った印象をどこかに持っていた。
「ほらほら、のめのめ」
空になったジョッキを見つけるや、並々琥珀色を満たしたジョッキと取り替えて回る男は、分厚い胸板の割に身長があるせいか細身に見えた。だが、片手にジョッキを五つ、もう片手に五つ、軽々と持ち上げ人を避ける事も苦なく歩き回る様子を見るに、尖った印象が誰よりも薄いとは言え騒ぎの渦中の者の一人。
「隊長! 配ってないであんたも飲んでくださいよ」
くるくる動き回る男の平和の象徴的な優しい目鼻立ちは顔を上げ、まだあどけない輪郭の青年が上げた手に招かれている事に気がつくと近寄っていく。
「ショート、お前一昨日成人したばかりなんだ、あんまり呑むなよ」
両手のジョッキを青年の前に音を立てて置くと、中身が踊り卓上に点点と琥珀の星を穿つ。すぐに四方から伸びてきた屈強な手はジョッキを攫っていった。残された琥珀の星、それを見て、うっとりと男は目を安らげ、悲しげなものを瞼の奥に飲み込む。
「飲みますよ! ただ、ちょっと吐きそうで……」
「まだお子ちゃまだ。吐いて飲んでなんて、お前にはまだはやい。そういう飲み方は、紛らわす事が出来なくなってからでいいんだよ」
ジョッキを一つ、口をつけるや否や一息に飲み干して男は気安く笑って卓上の空いている端っこに腰掛け、周りを見渡した。
食堂の入り口から、ちらちらと気の弱い小動物のように中を窺い見る顔は、一つ二つではない。同じ顔も珍しくは無いが、見せ物小屋の見物客のように忙しなく見ては顔を顰め離れてまた違う人が覗きに来てを繰り返す。
こんな日ぐらいいいでは無いか。
男は突きつけたい言葉の人差し指を、琥珀色の酒で喉の奥に隠した。
「エース隊長」
「なぁにぃ」
名前を呼ばれた。この国に割り振られめ勝手につけられた名前でも長く呼ばれれば考える間も反発もなく自らとして染み込んでくる。琥珀色のハチミツと似た甘みよ残った舌はいつまでも美味しい。
「……いや、何でもないです」
一度、ショートのまだ子供の面影残す額から目元、頬を、そして青年自身の肩から身体を見下ろす。エースと比べればどうしたって幼い存在だ。まだまだこれからの未来は沢山の光を紡いで、青年を先へ先へと運んでいく、はずだった。
「そうかぁ、まぁ、お前は明日、絶対に俺のそばにいろよ」
食堂の一角を我が物顔で占領しいつも以上に羽目を外して酒を飲んで、料理を食べて叫んで歌って、踊っている部下を見渡す。長い者は十数年、短くても数年一緒に生きてきた仲間たち。その中で一番年若いショートは、騒がしい様子に呆れ笑い、寂しそうに琥珀色の酒を舐める。きっと、エースと同じで言葉や気持ちが出てこないように飲み込んでいるのだろう。彼だけではない、騒いでいるエースの家族とも言える部下たちはみんなそうだ。
明日という日を忘れて、今だけが永遠だと思い込む事で楽しく騒いでいるのだ。
エース率いる総勢十数名のどんちゃん騒いでいる者たちは、明日がくれば生きてはかえれない。
世界に引かれた国境は神の線。人が人と争い国を作ったのではなく、昔のある日、空から神の卵が降ってきて世界隅々まで線をひいた。それが、ヒニャ国で教えるこの世界の歴史。
神の卵とヒニャは言うが、実のところそれが何であるのかはわからない。神のものである事は確かだと誰かが決めたが、それ以上の事を人が知る術はない。だと言うのに、それは人を狂わせる。
世界に線を刻みつけ、人を分けた。生まれた土地ではなく、単にその時そこに居た人という分け方は少々の悲しみを生んだが、それにかまけていられない程に人の生活を一変させてしまった。
今後、幾年間、食べ物に困ることのない肥沃の大地が欲しければ、金に困らぬ鉱山が欲しければ、化学発展に必要な知識が欲しければ……、そう神の卵は言った、らしい。誰が受けた天啓であるのかは、知るものは居ないが国にとって重要であるのは誰、ではなく天啓の内容だけだった。
どこよりもたくさんの血を流した国が、もしくはたくさんの人を殺した土地が、もしくは人を生み出した数が多い国が……、神の卵は周期を持って人を弄んだ。
遠い昔、はじめの人はどうして嘘か誠かもわからぬ言葉を信じてしまったのか。そのせいで、言葉の正しさは証明され、連綿と言われるがまま従い続ける土台を作ってしまった。
そう、証明されてしまったのだ。神の卵が言うに従い、血を、命を、時には出生を、産業を、言われるがままに大地を赤く濡らし、人で山を築き、人を増やして進歩を急いで、どこよりも秀でた国は確かに人が生きるにはこれ以上ない場所となったがそれも有限。どの程度の期間これ以上にない幸せな国、土地となるのかは神のみぞ知る。
神の卵は気まぐれに、何度だって線を引き直し、求める事柄を変え人で遊ぶのだ。