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たくらだ猫の異世界歩き  作者: アリーテ
第二章 皿嘗めた猫が科を負う
9/20

009話 幼すぎる代官

 冒険者ギルドメルク支部。


 ここは王国の他の街の冒険者ギルドと比べ、喧噪もない穏やかな空気が流れている。

 冒険者の数こそ多いものの、日銭を稼ぐ餓えた冒険者もいなければ、掲示板で依頼を取り合う冒険者もいない。それどころか、武装している冒険者もチラホラしかいないほどだ。

 何故なら滞在する冒険者のほとんどが、メルクの冒険者優遇措置を利用した休暇中の冒険者であり、そもそものメルク市が魔物の脅威とはあまり縁のない土地柄だからである。

 この支部の主な役割は情報を冒険者に与えること。ここには休暇を取れる優秀な冒険者、それも休暇を取って生気を充電したすぐにでも動ける冒険者が多い。ギルドとしても各地にある難易度の高い依頼を受けてもらうために、王国全土の依頼が掲示されている。


 そんな掲示板の前に一匹の猫、もとい、猫の獣人冒険者リンが掲示板の前で、にらめっこをしていた。


 こちらの世界でも冒険者として登録し、まだ登録したての為、下級の(カッパー)級ではあるが、リンも立派な冒険者の一員となっている。

 ちなみに冒険者のランクは順に(アイアン)級、(カッパー)級、(シルバー)級、(ゴールド)級、魔法銀(ミスリル)級、金剛鋼(アダマンタイト)級、神金鋼(オリハルコン)級となる。

 最下級の(アイアン)級でないのは、登録後すぐに達成したエリュマントスボア討伐の功績によるものだ。功績だけみれば下級に納まるものではないが、まだ登録間もないうえに実績が少なすぎる為、一ランクアップに留まっている。それでも登録後数分でのランクアップはギルド最速記録だろう。


 そんなリンが掲示板前で眉間に皺を寄せているのは、ゲームと現実の違いのせいだ。


「むむむ。ゲームより分かりづらいな。このバカでかい猫みたいな化け物を倒してくれってネメオスレオンのことかな?ライオンを猫って………確かにキャット系の名前付き(ネームド)だけど猫って言われると倒し辛いなぁ」


 ゲームでの討伐依頼なら明確にモンスターの名前が表示されているが、ここでは依頼を出した人の情報が曖昧なら、そのまま掲示されてしまう。行ってみたら違うモンスターでした、ということもありそうである。


 しかし、それでもリカルドから聞いた通り、名前付き(ネームド)モンスターと思わしき討伐依頼は確かに多かった。曖昧な魔物情報の依頼は、名前の分からない魔物、つまり名前付き(ネームド)モンスターであるだろうからだ。


「まあ、どのみちネメオスレオンっぽいなら後回しかな。あれレベル50くらいあるし、こっちでの戦闘慣れしてからだねぇ」


 ネメシスレオンは、名前付き(ネームド)モンスターではあるがレイドモンスターではない為、HPはエリュマントスボアに比べれば圧倒的に少ないが、攻撃力や防御力はエリュマントスボアを軽く超える。

 無論レベルカンスト、レベル100のリンなら苦もないだろうが、何があるか分からない異世界だ。安全マージンは取っておくべきだろう。


「他は、熊に狼、狐に鹿………ん?大木が動き出した?トレントかな?」


 トレントとは樹木に意思が宿り動き出した魔物の総称である。

 樹木は大気中の魔力を吸う習性があり、どんな性質の魔力であろうが、なんでも吸収してしまう。その結果、魔物に馴染んでいた魔力を大量に吸収してしまうと、樹木が変質して動き出すのだ。魔王化に近い現象だが、厳密には強化というより変化である。トレントは元になった樹木と吸った魔物の魔力によって、強さも能力も千差万別の厄介な魔物だ。


「場所は……あらら、ムー村近郊の森じゃん」


 ムー村近郊の森は、先日の騒動の元になったエリュマントスボアの現れた場所である。

 数の少ないタイラントボアを大量に倒さなくては発生しないフィールドレイドボスを発生させたのだ。他の魔物もかなりの数が討伐されているだろうことは、想像に難くない。トレントを生み出すには十分な魔力が漂っているのだろう。


「豚男爵も泣きっ面に蜂だねぇ。まあほっとくか。他には───」

「よう嬢ちゃん。その依頼、俺らと一緒に受けてみないか?」


 リンが腰を落として、依頼を吟味しながら選り好みしていると、背後からスッと影が差し、聞き覚えのある渋い声が落ちてくる。

 振り返ると、そこにはリカルドがリンを見下ろすように立っていた。そしてその後ろには、見覚えのある少女が騎士と共に控えている。


「リカルドさんと………エミリアちゃん?珍しい組み合わせですね」


 エミリア・フォン・メルク。この街を治めるメルク子爵家のご令嬢だ。カワイイもの大好きなリンのお気に入りの子でもある。


 確かに先の騒動で、子爵家と黎明の杯は依頼主とそれを達成した冒険者という関係で知己となったが、二人でリンの元に来るとは珍しい。


「てか、リカルドさんこの依頼受けるんですか?豚貴族のとこですよ?トレントならほとんど動けないですし、村人に被害でませんからほっとけば?」

「俺もそうしようとしてたんだが、どうやらムー男爵は失脚したらしい」

「失脚?ムー村はそもそも男爵の領土でしょ?」


 ムー村の周辺のムー男爵領の領主は、当然ムー男爵。トップがムー男爵なわけで、誰がムー男爵を追い落とせるというのか。可能なのは王くらいであろうが、こんな些末事で強権を振りかざして貴族位を取り上げれば反発が起きそうである。そもそも、王がたかだが男爵程度の失態を自ら裁くとは思えない。


「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。ムー男爵が持っている男爵位の差配権は、実は南部一帯を統括するサウス辺境伯が持っている」

「はい?」

「普通は王が貴族位を差配し、めったなことで貴族位が取り上げられることはないが、ここは南部の辺境だ。南部辺境一帯を統括しやすいよう、サウス辺境伯は、王から一部の男爵、子爵の差配権を一任されてるのさ。流石に伯爵以上の大貴族は王が差配してるがね」

「つまり?」

「この間の騒動がサウス辺境伯の逆鱗に触れたわけだ。ムー男爵位は空位になり、ムー村はしばらくはサウス辺境伯の鶴の一声で、メルク子爵家が預かることになったらしい。その代官としてエミリア嬢が抜擢されたわけだ」

「エミリアちゃんが代官!?」


 驚くリンを余所に、リカルドはエミリアを促してリンの前へと歩ませる。


「こんにちはリン姉さま。此度、ムー村の代官を仰せつかりましたエミリア・フォン・メルクです」


 エミリアは美しいカーテシーを取り、リンへと挨拶する。

 後ろでは壮年の騎士が温かい眼差しで見守っている。


「え、あ、うん。こんにちは、エミリアちゃん。………マジかぁ」


 リンの見た感じ、エミリアはまだ12歳くらいだ。とても政務をこなせるとは思えない。おそらくは実務をこなす人材を付けるのだろうが、それでも表向きはエミリアが、代官とはいえ、旧ムー男爵領の領主ということらしい。


「それでだ。嬢ちゃんがさっき見てた依頼は、エミリア嬢が代官につくに当たって、森の安全は確保しておきたいというメルク子爵からの依頼だ。まあ親心だな」

「そうではありません!森は村人の猪や兎、野鳥などの狩場になっています。また、森は領の収入源である蜂蜜や茸の特産品が多く取れます。このまま立ち入れない状況は勿体ないです!」

「あ、うん。そうだねぇ~」


 エミリアは、リカルドの説明の過不足分をリンに顔を近づけて必死に主張する。

 残念ながら、リンは説明の内容は聞き流して、その仕草がカワイイとしか思ってなかったりする。


「リンさんはお強いとリカルドさんから聞きました!未知の魔物相手ならぜひ依頼を受けてもらうべきという進言です」

「リカルドさんと依頼を一緒に受けるのはあたしとしても有難いんだけど、あたしが強い?リカルドさんから聞いたの?」


 確かにリカルドとはエリュマントスボア討伐で共闘した。しかし、あれは策にははめて倒したのであって、リンの実力は見せていないはずだ。


「リカルドさん、どういうっうおっと………!」


 不思議に思ってリカルドを見ると、何やら白い塊を投げ渡される。

 それは何やら穴の開いた骨のような塊であった。


「何これ?」

「よくあんな軽い一撃で貫けたもんだな」

「……?あっ!」


 ここでようやくリンはその骨の正体にい思い至った。

 エリュマントスボア討伐レイドの適正レベルは30。適正レベルはあくまで目安であるが、適正レベルに満たない者のステータスでは、ダメージはほとんど入らない。それが斬撃、刺突耐性の高い骨ならばなおさらだ。


「あんな些細なことで………」


 このおっさんは中々に侮れない。エミリアを出しに使って自分を誘うことも含めて───


 ニコニコ顔のエミリアの顔を見ながら、リンはそう思うのであった。





読んで下さってありがとうございます。

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では、次投稿でお会いしましょうノシ

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