007話 猫撫で声に油断をするな
第一章最終話です。
主人公全然戦ってないw
第二章以降は反省しちゃんと戦闘させようと思います………多分、おそらく、きっと
サウスゲート街道からメルク市へと続く接道にて、先程、ダンスまで踊っていた猫がしょんぼりとした顔でトボトボと歩いていた。
手には黒焦げになった鬣が握られており、それが余計哀愁を漂わせている。
「あー………嬢ちゃん、悲しいのは分かるが、そろそろメルクに着く。色々ギルドで報告やら説明しなきゃならんし、元気だしてくれ」
「みゃい………」
ギルドとは冒険者の為の依頼斡旋所だ。多種多様な依頼が集まる為、仲介手数料は取られるが個人で仕事を探すより効率的な冒険者活動を行える。ギルドに登録した冒険者は達成した依頼に応じて査定され、ランクを付けられ管理される。依頼中に何か問題が生じた場合などは、ギルドへの報告が義務付けられており、破った場合は相応のペナルティを課せられる。
今回の隠しようのない大問題も当然報告の必要があり、リカルドとしては当事者の一人であるリンも連れて行かなければならない。
リカルドは、一人でしょげた猫の世話をしながらなんとかメルクまでたどり着いた。
何故一人かと言えば、まずマルティンには自身が乗る馬に加えてリカルドが乗っていた馬も連れて、商人の元へ連絡に戻ってもらっている。なにせ黎明の杯の馬車は壊れているのだ。馬車に積んでいた備品を運ぶには馬が必要だろうと考えてのことだ。
レオの方は先にメルクへ行って、ギルドへの面会の予約を取ってもらうよう頼んでいるので、向こうに予定がなければすぐにでも報告が出来るはずだ。
そう思ってギルドまで来たのだが、なんだか様子がおかしい。
「………何やら騒がしいな」
リカルドとリンがギルドの近くまで行くと、多くの冒険者が野次馬のように入口付近に集まって、興味津々という様子で何やら覗き込んでいた。
「あ、あの馬車」
「なるほど………魔物から逃げてた貴族様が来ているのか。レオを行かせたのは失敗だったかもしれんな」
リカルドが入口へ向かうと野次馬たちはやっと来たか、という顔をして道を開ける。リカルドは黎明の杯の団長として、それなりに有名人だ。だからこそ、この騒ぎの関係者であるとみんな理解しているのだ。
中ではリカルドの懸念通り、ギルド職員が仲裁する中、ふくよかな体型の貴族とレオが言い争いをしていた。
「ムー男爵、追われていた馬車はあなたが乗っていたものではないというのですか!」
「知らんな。私がここに来たのは、通り掛かりに見かけた化け物を報告せねばならんと思ったからだ。民を守る貴族としての責務だ」
レオは怒り心頭という顔だ。
対する貴族は、レオを若造と侮って完全に白を切る気でいるらしい。
状況を確認する為、野次馬に雑じり、リンとリカルドはしばらく様子を見る
「なんで嘘つくんですかね?」
「化け物をメルクまで引っ張ってきたなんて言えば心証が悪いからな。体面を気にする貴族らしい考えだ。それにサウスゲート街道を逃げたのが問題だ」
「なんで?」
「街道は化け物のせいでボコボコになっている。整備し直すにも莫大な費用が掛かる。責任を認めれば国から請求されるだろうな」
「あー………」
「ついでに言えば、おそらくあの豚貴族はまだあれが倒されたことを知らんだろう。臭いで追われていたなら、まだあれに襲われる可能性があると当然考えるはずだ。メルクまで引っ張ってきてしまったけど助けてください、とは言えまい。だからギルドが勝手に討伐に動くよう誘導してんだろうよ。依頼料もケチれるしな」
「ああ、もういいです。つまり何が何でも認める訳にはいかないってことですね。レオ君でしたっけ?彼も正義感強いですね。無視すりゃいいのに」
「そういうわけにはいかん。ウチの馬車の請求はどうする?」
「え?彼が怒ってるのそこですか?」
「レオはウチの金庫番だ。だが、まあ相手が悪い。貴族相手にこれ以上詰め寄ると不敬罪でしょっ引かれかねないな」
「ふ~ん……にゃら、あたしが止めてきてあげよう♪」
「は?ちょっ、おい!」
焦るリカルドの制止を無視してリンはレオと貴族の間へと割って入っていく。
「まあまあレオ君落ち着いて」
「え?なんであなたが?団長は?」
リカルドが来てくれるのを待っていたレオは意味が分からず、リカルドを探す。
見つけたリカルドは野次馬の中で、ややこしくなったと頭を抱えて天を仰いでいた。
「誰だね君は?」
「レオ君があなた様に詰め寄るのを止めに来た者ですとも。レオ君もこの方が嘘を付いてるだなんで失礼ですよ」
「なっ!?」
「ほう。話の分かるお嬢さんじゃないか」
「あたし達もあの怪物から逃げ切れただけでも儲けもんじゃない。魔物は獲物を見失ったら元いた縄張りに戻る習性があるから、きっと犯人はすぐ分かるよ。犯人は臭いを覚えられてるだろうから帰れないだろうしね」
リンの所々強調するような言葉を聞いて、貴族の男の顔色が一気に青褪めたものへと変わる。
「メルクから離れるのは見たし、メルクはもう安全なんだから討伐は見つかった場所に任せよう、そうしよう。あんなデカいイノシシに田畑を荒らされれば被害甚大だし、きっとすぐ依頼出すよ犯人は。ね、レオ君。じゃあ申し訳ありませんでした貴族様」
そう言うとリンはレオの手を引っ張ってリカルドの方へと戻ってくる。
そこで待っていたリカルドは引いたような顔でリンを見ていた。
「嬢ちゃん………えげつねぇことするな………」
「にゃんのことかな?」
「あれだけの衆目の面前であんなこと言えば、犯人が分かるまでメルクであの魔物を探して倒そうなんて考える奴はいなくなるだろうよ」
「にゃははは。いなくなっても大丈夫。だって魔物はいないから」
「あの貴族様はそうは思ってないだろうがな」
流石のリカルドも、真っ白になって一人佇む貴族に憐みの視線を送るのであった。
※
黒猫の尻尾亭───
メルクの冒険者ギルド近隣に建てられた民宿である。
一階のスペースに酒場が併設されており、冒険者の憩いの場としても活用されている。
ギルドで起こった貴族とのいざこざがあってから数日、とあるクランが飲めや騒げやのドンチャン騒ぎをしていた。酒場を貸し切っている為、何に遠慮することもなく、仲間同士で日頃の労をねぎらい、酒の力の助けを借りて鬱憤を吐き出す。何故かそこに交じって一緒にはしゃぐ猫がいるが、それすらも誰も気にしない騒ぎようだ。
そんな喧噪に包まれる酒場に、ある商人に伴って場違いな人物が騎士を連れて来訪してくる。
「リカルド団長殿」
商人は、騒いでる連中から一人離れ、酒を静かに嗜んでいたリカルドを見つけると、にこやかに話しかける。
声を掛けられたリカルドの方も見知った顔に表情を緩めた。
「おや、商人の旦那、こんなバカ騒ぎに交じりにきたんで?」
「魅力的なお誘いですが、団長殿にお客様です」
「客ですかい?」
商人が半身ずらして身を引くと、そこにはまだ成人してないような幼い少女が壮年の騎士を護衛に付けて佇んでいた。
「黎明の杯団長リカルド殿。お初にお目にかかります。エミリア・フォン・メルクと申します」
エミリアと名乗った令嬢はリカルドの前に歩み寄ると教科書のような綺麗なカーテシーを取る。
「おや、メルク子爵家のご令嬢ですかい?申し訳ねぇですが礼儀作法や敬語は苦手でして、酒も入ってますんで勘弁願います」
「構いません。私がお願いをしにきた立場ですので」
「お願いですかい?」
「はい。ですがその前にまず謝罪を。此度はご迷惑をおかけしました」
エミリアは真摯に謝罪をし、しっかりと頭を下げる。後ろに控えていた騎士も、主人だけに頭を下げさせるわけにはいかないと、エミリアよりさらに深く頭を下げていた。
流石のリカルドも貴族からのここまで丁寧な謝罪は初めてで困惑する。
「………どういうことですかい?」
「魔物騒動を引き起こした馬車には私も乗っておりました。ムー村への視察中に件の魔物に遭遇し、そのまま………正直に言えば恐怖で頭が真っ白になり、ムー男爵を諫めることは出来ませんでした」
「そういうことですかい。でもまあ、あなたは俺からすればまだ子供ですぜ。あなたが謝罪する必要は感じませんな。それに、魔物から襲われて命を守る為に逃げることを俺も含め、メルクの冒険者は誰も咎めたりしていない。冒険者はそこまで狭量じゃあない。問題はその後の対応ですぜ?」
ムー男爵が行ったギルドでの騒動は、当然エミリアの耳にも入っている。リカルドの言いたいことは嫌というほど分かっている。メルクに着き、落ち着きを取り戻した後にその話を聞き、エミリアは愕然としたのだから。
「返す言葉もありません………」
「………ふう、で、お願いというのは何ですかい?」
視線を落とし押し黙る幼い令嬢のいやに殊勝な姿に、リカルドは居たたまれなくなり、本題の話を促す。
「………あの魔物の討伐を、受けていただけないでしょうか?」
「あー、ムー男爵がやらかしたせいで誰も受けてくれなくなった依頼ですかい?」
「はい………。男爵がギルドに助けを頼んだようですが、貴族の醜態をさらしたせいで誰も受けてくれず……ですが、このままではムー村の村人に被害が出てしまいます。私にも責任はあります。依頼料も子爵家から上乗せで出していますのでどうか」
エミリアの必死の懇願に、子供の泣き落としはズルいな、とリカルドは苦笑する。子爵もそれが分かっていて娘にいかせたのではないかと疑うほどだ。
しかし、この懇願に答える必要はリカルドにはなかった。何故ならすでに終わったことだからだ。
「はぁ………それなら安心するといいですぜ。依頼はついさっき達成しました」
「え?」
「このバカ騒ぎも軍資金はその依頼料です。金も貰いましたし、もうあなたが気にする必要はなにもありません」
「ほ、本当ですか!」
「ええ」
「ありがとうございます!ほんとうに、ほんとうに」
「礼なら、あそこで騒いでる猫の嬢ちゃんにしてやってくだせい。嬢ちゃんの活躍で倒せましたんで」
「はい!」
急に元気になった少女は、言われるがままにドンチャン騒ぎの方へ突入していく。
それを微笑ましそうに、優しい顔で壮年の騎士は見ていた。
「ここ数日ずっと暗い顔で張りつめていたのです。緊張の糸が解けたのでしょう」
「子供はああでなくちゃいけませんぜ騎士様。それより、護衛が離れていいので?」
「そうでした。それでは失礼したします」
リカルドに促された騎士は、一礼すると令嬢を追いかけていき、喧噪の中で見えなくなってしまった。
残されたは商人は近くにいたウェイトレスにエールを注文し、リカルドがいるテーブル席へと座る。
「しかし、リンさんでしたか、あれは油断ならないお嬢さんですな。既に完了したありもしない魔物討伐をでっちあげ、誰も受けない状況を作りだして依頼料を吊り上げ、高止まりした所で討伐証明を提出するとは」
「ええ。しれっと黒焦げの鬣をギルドに提出しやがったときは笑いましたぜ」
黒焦げにしてしまった素材を見事に大金へと変えて見せた。本当に油断も隙もあったもんじゃない。
「ところで、それは何をしてるんです?」
ここで商人はここに来てからずっと気になっていたことを質問した。
リカルドがずっと酒を飲みながら、何やら弄っていた白い塊についてだ。
「ああ、これですかい。ちょっと気になることがありやしてね。あのエリュマントスボアの頭骨の一部を貰ってきたんです。ぐっ、やはり堅いですね」
そう言いながら、リカルドは青みがかった刀身のナイフで力を込めて頭骨に切り込む。しかし、一向に刃が食い込むことはない。
「ほう。ミスリルのナイフで傷がつかないのですか」
魔法金属ミスリル。これで作成された剣は、ゴブリン程度なら骨ごと胴体を一刀両断可能だ。とても高価な金属である為、リカルドはナイフしか持っていないが、ミスリルはミスリルである。しかし、そのミスリルで一向に傷を付けることが出来ない。
「エリュマントスボアを回収にきたギルドの連中に骨をくれと言った時も斬れなくて、骨は打撃に弱いんで、仕方なく砕いたんですが砕くのすら一苦労でした」
「おや?しかしその骨、なにやら穴が開いていませんか?」
「ええ………どうやって刺したんでしょうねぇこれ?」
リカルドが頭骨の穴を覗き込むと、その穴の中には、貴族令嬢であるエミリアに対しても気にせず頬釣りし、猫撫で声で猫かわいがりする、一匹の猫が映りこむ。
「本当に、油断ならねぇ嬢ちゃんで───」
第一章 猫なで声に油断をするな ~END~
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