006話 フレーバーテキスト
街道をそれた林の中を一頭の馬が疾走していた。
スルスルと木々の間を縫うように、時折蛇のように大きくスラロームしながら、林を抜けていく。
しかし、その後方には上空から見れば直線を何度も引いたような道が出来ていた。
時折、×印を描いたように交差している箇所もあるその道には、無残になぎ倒された木々が転がっている。
そしてそのさらに後方、出来上がった道を辿りながら、二頭の馬が追走していた。
「団長………」
「確かにメルクは助かったな」
「いえ、マルティンが被害を被ってますが………」
「しかし上手いな。林を抜ければあのイノシシは木を薙ぎ倒す為に突進するしかない。必然、真っすぐしか進めないし、一瞬ではあるがマルティンを見失っている。それを理解して蛇行してやがる。あの嬢ちゃんの指示か?」
「冷静に分析するのはいいですが、逃げるだけじゃ問題は解決しませんよ?」
「ただ逃げてるだけならな」
「はい?」
「この林の木、なんて木か知っているか?」
「木、ですか?」
「ここらに昔から住んでいる爺さん婆さんは“ウムドレビ”って呼んでいる。実際は違うらしいが、まあ伝承だな」
「それがなんなんです?」
「“ウムドレビ”っていうのは大昔にあったとされる猛毒の樹木のことだ」
「!?」
「もちろん本物じゃねーが、そう呼ばれる所以はこの木が蓄える大量の樹液にも毒があるからだ。それに加え、この木は非常に堅い。鉄が不足してた時期には毒矢の矢じりとして利用されてたらしい」
語りながらリカルドはにやっとした顔を作る。
「いくらあの魔物がデカいとはいえ、矢じりもなる堅い毒の木をそう何度も薙ぎ倒して、無事で済むと思うか?」
そのタイミングで前方から絶え間なく響いていた轟音が止む。
「どうやら決着が近いらしいな」
二頭が音が止んだ方へと馬を進めると、やけに開けた場所に辿り着く。
どうやら何度も交差するように通ったようで、その中央に件の魔物が鈍った動きで佇んでいる。
少し距離を置いてマルティンと獣人の少女が魔物の様子を見ている。
「仕留めるまでにはいかなかったか。さてどうするか、下手に近づいたら暴れそうだな」
弱っているとはいえ、あの巨体だ。少しでも巨体が掠れば大怪我だろう。
「あっ!きたきた♪ねぇ、魔術師君。エリュマントスボアに火魔法を撃ちこんでくれる?」
獣人の少女はこちらに気付くとブンブンと手を振りながら大声でそう指示してくる。
「エリュマントス?あのボアの名前か?まあいい、しかし魔法か……」
攻撃すればまだ多少は暴れるだろうが、確かに近づくよりは弓や魔法で削っていくのが無難ではある。
「よしレオ、あれの周りを馬で旋回しながら弓と魔法で削り殺すぞ」
「分かりました」
リカルドが馬に吊っていた弓を取り出し、レオが杖を構え呪文を唱える。
「ファイアアロー!」
そして初手のレオの魔法がエリュマントスボアへと撃ち出され、見事に胴体へと激突した瞬間、それは起こる。
「なっ!?」
火達磨───
一瞬で山のような巨体を炎が蓋い、それどころか林の木々を超えるほどの高々とした火柱が上がる。
『グォォォオォオ!!!』
レオの火魔法にあのような能力はない。
弓を射ろうとしていたリカルドもあまりの状況に驚きを隠せない。そしてこの状況を作りだしたであろう少女のほうに目を向ける。
「ひゃっほー!大成功!」
そこには腕を上げて飛び跳ねながら喜ぶ、一匹の猫がいた。
※
上手くいった。
伝承木“ウムドレビ”───
【ソウルゲート】において、メルク市やその周辺の小さな村々に伝わる大昔の伝説の毒樹になぞらえた、この樹木の有用性を伝えるための伝承である。
メインストーリーには関係ないが村々にいる年老いたNPCと会話することで聞くことが出来るフレーバーテキストだ。
樹液に大量の毒の成分が含まれており、毒矢や毒液をクラフトで作成する際の材料になる。フレーバーテキストを見つけないと採取出来ないギャザリングアイテムだ。
そしてこのフレーバーテキスト、実は二段構えなのだ。
伝承を全て集めると内緒話として最後にこういう話を聞ける。
“この毒は非常に可燃性の高い油だ”と───
このテキストを見つけると火矢や火炎瓶のクラフト設計図を入手出来るのだ。
「にゃっはははは。やっぱHPの多いモンスターには毒と火傷のスリップダメージが効くよねぇ」
勿論、ゲーム内ではこのような技は使えない。しかしこの世界が現実ならば、フレーバーテキストの内容も再現されているのでは?リンはそういう発想へと至った。これがリンをトッププレイヤーへと押し上げた発想の柔軟性である。
突進により傷ついた身体、それに加えて毒と火傷によるスリップダメージを受け、エリュマントスボアは崩れるようにその巨体を横たえた。
リンはその巨体に躊躇いなく近づくとショートソードを取り出し、容赦なく眉間へと突き刺した。その瞬間、苦しんでいたエリュマントスボアの瞳から光が消え、完全に息絶える。
「討伐完了っと」
リンはショートソードを引き抜くと嬉しそうにダンスを踊り始める。勝利のダンスだ。
そこへ黒焦げの巨体を眺めながら、リカルドがリンへと近づいてきた
「まいったね。嬢ちゃん、樹液があんなに燃えることを知ってたのかい?」
「おばあちゃんの知恵袋は大事にするもんでしょ?」
「ちげぇねぇ」
リカルドは頭を掻きながら伝承の話をもっと詳しく聞いとくべきだったと反省する。そしてとあることを思い出して少女に尋ねる。
「嬢ちゃん。この魔物のことを知ってるのか?エリュマントス、だったか?知っているなら詳しく教えてくれ」
「ああ、これは名前付きモンスターでフィールドレイ───」
言い掛けてリンは言葉を止める。
この世界の人間にフィールトレイドやその発生条件を言っても理解できないだろう。どう説明しようか考えた時に、名前付きモンスターにまつわるフレーバーテキストを思い出す。
「これは魔王化した魔物だね」
「魔王化?」
「倒された魔物はどうなると思う?」
「そりゃ、処理しなけりゃ死体はそのまま土に帰るだろうな」
「じゃあ魔物が持っていた魔力は?」
「体内の魔石もいずれ砕けて飛散するだろうよ」
「そうだね。魔物の体内を巡っていた魔力も、魔石の魔力もいずれ周囲に飛散する。けどそれはその魔物に非常に馴染んだ魔力だ。普通の魔力に戻るまでは時間がかかる」
「それがどうした?」
「じゃあそこに同種の魔物が現れたら?」
「まさか……」
「そ。その魔力は同種の魔物へと吸収される。それが繰り返されれば強力な魔石を体内にもつ魔王種の魔物の出来上がり♪」
リカルドはそれを聞くと非常に考え込んだ表情に変わる。
「確か国軍が大規模演習で各地で魔物を大量に倒す訓練を始めてやがったな。まさかそれで───」
何やらブツブツ言い始めたのでリンは無視して、エリュマントスボアへとよじ登る。レアなモンスターを倒したらやることは一つだ。
「さあ、戦利品をいただきますとしま………あーーっ!!??」
リンの異世界最初の戦利品は、ゲームでは有り得ないボロボロで黒焦げの何の役にも立たない獅子王の鬣だった。
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