005話 愛あるイタズラ
「あっはははは!うっひょ~エリュマントスボアだぁ~」
奇声を上げる猫が一匹。
リンは突如出現した山のごとしイノシシの魔物の背の上で鬣に捕まっていた。
疾走する巨体に振り回され、まるで鯉のぼりのように身体を泳がせながらも余裕の笑みを浮かべている。いや、余裕どころか嬉々として楽しんでいるというほうが正しい。
「名前付きモンスターにいきなり遭遇なんて、ハナも遊びを分かってるなぁ」
名前付きモンスター“エリュマントスボア“───
タイラントボアが変異した個体であるフィールドレイドボスだ。
【ソウルゲート】におけるフィールドレイドボスは一定区画内の同種モンスターを大量に撃破することで出現する。
大量に群れるウルフやゴブリン、倒すのが容易なホーンラビットなどのフィールドレイドボスはソロでも容易に狙って出現させることが出来るが、数が少なく体力の多いタイラントボアのフィールトレイドを発生させるのは同じ目的のプレイヤーが集まらなければ難しい。仮にソロで発生させたとしてもタイラントボアの比でない体力を持つエリュマントスボアのソロ討伐は時間がいくらあっても足りないほど大変だ。
ボア系の魔物の特徴の一つがヘイトの固定化だ。猪突猛進。周りが何をしようが最初に狙った獲物が死亡するまで追いかける。特にエリュマントスボアはフィールドを移動してもどこまでも追いかけるという癖のあるモンスターだ。逃げ切るには街などの非戦闘エリアに入るしかない。
「ん?この世界では非戦闘エリアと戦闘エリアの区分なんてあるのかな?」
こっちの世界の魔物は生きている。街の前まで来て、はい帰ります、なんてあるだろうか?
「むむむ………ますい気がする」
リンはマップウィンドウを確認する。
エリュマントスボアの上でかなり移動した為、表示エリアが大分拡がっているマップを見るにこのまま行けばメルク市まっしぐらだ。
リンのゲームの腕からすればエリュマントスボアと言えど討伐は簡単だ。ましてこの世界ではコントローラーやキーボードなどより自由自在にキャラを操れる。それは不意をつかれたにも関わらず背に簡単に飛び乗れたことで実感している。しかもヘイトは前の馬車が受け持ってくれているのだ。ゲーム時代より楽勝かもしれない。
だがそれは制限時間がなければの話だ。
リンというキャラクターのビルドは火力タイプではない。いかにリンがレベルカンストのトッププレイヤーと言えどレイドモンスターをメルク市までの短い道程で討伐することは不可能だ。
最初の街が付いて早々廃墟になりましたは笑えない。
前の馬車がやられれば止まるだろうが、どうやら良い馬を使っているうようでメルク市まではギリギリもちそうだ。
かといってわざと馬車を攻撃して止めるのは憚られる。流石に異世界に来て早々、間接的にであれ殺人犯になるのは御免被る。
片手で掴まったまま反対の手で顎をつまみ思考の海へと沈む。体は荒波の如く振り回されているが。
「おい!嬢ちゃん!」
「短時間で倒しきるのは無理。そんなこと出来るなら攻略サイトに載せてるわ。うーん……」
「嬢ちゃん!!」
「……ん?」
思考の海の中にいきなり声が落とされる。
はて?こんな場所でどこから?と後方に目を向けると三頭の馬がエリュマントスボアを追走してきていた。
「あら?もしかしてさっきの桟橋にいた冒険者さん達?何してるんです?」
「そりゃこっちのセリフだ!どうやってそいつに飛び移った!?」
「どうって普通にこうぴょ~んとジャンプして?」
リンが片腕を使って飛び移る動作をジャスチャーで説明する。
その仕草に三人のリーダーらしき男は呆れたのか頭を抱えるような仕草で返した。
「ああ、もういい!!それより嬢ちゃん、俺らは今からそいつを止めるために攻撃する。そいつから飛び降りれるか?」
「そりゃ出来るけど、攻撃するの?あなたたちが?」
リンは武器を持って構えている三人をそれぞれ観察する。
すると三人のステータスらしきものが表示されたウィンドウが目の前に現れた。
もしやと思ってやってみたが、どうやらゲームの協力NPCと同じ仕様で確認出来るようだ。
名前:リカルド
種族:人間
年齢:36歳
職業:戦士
練度:28
技能:剣術5 槍術4 斧術2 弓術3 馬術5 統率EX
備考:クラン【黎明の杯】団長
名前:リオネル
種族:人間
年齢:20歳
職業:魔術師
練度:17
技能:火魔術5 風魔術3 馬術4
備考:愛称レオ
名前:マルティン
種族:ハーフエルフ
年齢:14歳
職業:狩人
練度:15
技能:弓術5 馬術EX
備考:なし
(レベル15~28……無理かな)
エリュマントスボアの討伐適正レベルは30。それも大人数での討伐を前提としているレイドボスだ。適正レベルに近いのはリカルドのみ。マルティンにいたっては適正レベルの半分しかない。そんな冒険者3人の攻撃など歯牙にもかけないだろう。
(………待てよ?あのちっちゃい子、職業は狩人?それに馬術EXって馬の扱いも上手いのか)
EXというのはエクストラスキル。通常の技能より高い能力を持っており、馬術EXは曲乗りが上手く出来たり、乗っている馬にも移動速度やスタミナにバフが掛かるという特別なスキルだ。
「良いこと思いついちゃった♪アイテムウィンドウ」
リンはアイテムウィンドウを呼び出すとそこに腕を突っ込む。
傍から見れば腕が消えたように見え、冒険者の三人はぎょっとした顔をする。リンの顔が楽しそうに笑っているから、なおさら不気味だ。
リンが腕を引き抜くとそこには、とてもとてもファンシーな弓が握られていた。
天使の羽とハートマークを模したようなデザインの装飾がなされた弓。
【神弓エロスの弓】───
狩人でないリンには扱えないが、それなりのレアウェポンなのでコレクションしていたリン秘蔵の弓である。
リンは弓を握ったままジャンプするとマルティンの馬へと飛び移る。
冒険者の三人はジャンプしたリンを見て慌てるがリンはふわりと猫のように衝撃もなくマルティンの背後に着地した。
「攻撃するならこの弓を使うといいよ。あ、この弓は魔法の弓でね。ボアの前方から撃ってね。それであれを止められるから」
「は?何言ってんの?そんな馬鹿なこと」
「いいからいいから」
ファンシーな弓に若干ひいているマルティンにリンは半ば強引にエロスの弓を手渡す。
「何か策があるんだな?マルティン、言うとおりにしろ。化け物に飛び乗ったり、片手でしがみ付いたり、馬へジャンプしたり、さっきからこの嬢ちゃん只者じゃねぇ。どうせ俺らじゃおそらく止められねぇ。嬢ちゃんに賭けようじゃねぇか」
「………分かったよ」
リカルドの言葉に渋々といった様子でマルティンは馬に鞭打ち速度を上げ、エリュマントスボアの前方へと出る。
「馬はあたしが見るからよーく狙って撃ってね」
リンが入れ替わるように手綱を受け取り、マルティンは馬の後方へ回ってファンシーな弓を構える。
「これで止められるってのが嘘だったらぶん殴るからね」
威力のある弓なのだろう。そう思っていたマルティンは、一撃で射殺すためにエリュマントスボアの眉間を狙いその弓矢を放つ。
馬術EXも相まって馬上でも寸分の狂いもなく放たれた矢は見事に眉間を貫いた。
そう、確かに貫いたように見えた。しかしそこから出てきたのは赤い鮮血ではなく、ピンク色をした巨大なハートマークだった。
「へっ?」
直後、ぐりんっと巨大な顔がこちらを向いて視線がマルティンを貫く。
「あはははははは!!さあこれで止めれるよ。でもその前に───まず逃げようか」
「はぁぁぁぁぁ!?」
【神弓エロスの弓】───
射られたモンスターは最初に見た相手に襲い掛かるというヘイト変更能力を持つ魔弓。
撃つたびにタンク役が適さない狩人へとヘイトが変わり、場を混乱させる。
それは【ソウルゲート】史上まれにみる、ネタアイテムであった。
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では、次投稿でお会いしましょうノシ