013話 穴
王国最南端、海まで続く深い森を背に、ムー村は存在する。
先日行われた国軍の大規模遠征により、森の外縁から木々を伐採し、平地として切り開き、駐屯地が作られた。
森と村までの距離が広がり、森の外縁の魔物が討伐され、残った魔物を森の奥へと追いやり、村の安全がより強固なものとなった。
国軍が去った後、村には穏やかな日々が流れ、この平和な日常はずっと続く───
誰もがそう思った───
森の最奥に潜む、真の脅威を刺激していることに気付かぬままま───
そして、それが縄張りに入った魔物達に苛立ちをぶつけただけで、森の魔物達は凶荒に陥り、森の外へと逃げ惑う。
溢れた魔物が、村へ行き着くのは必然であった。
※
「まだ、救援は来ないのかしら……もう十日よ」
「ウルフやタイラントボア、アルミラージが村周辺だけでなく、村内も徘徊しだしてる。それに加えて見たこともない魔物も………」
「男爵様の所の冒険者は、木の化け物を見に行ったまま、結局戻って来ていないのよね?」
「あの馬鹿デカい猪、戻って来てないよな?」
「ここの外壁は、本当に大丈夫かしら……」
ムー村最大の邸宅、ムー男爵領主邸。
村を見渡せる丘の上に建てられており、辺境であるが故、魔物の侵入を防ぐ石塀と水堀がぐるりと囲う堅牢な屋敷である。
ここでは、多くの村民が地下の広間に集まり、家族ごとに身を寄せ合っていた。
現在、ここは村民の避難所として開放されている。
ムー男爵領一帯に魔物が溢れ、村民の家屋ではとても魔物の襲撃に耐えられない為だ。
ムー男爵不在の中、男爵家の家宰ライアンの英断といえる。
この的確な判断により、守るべき女子供が集められ、食料を持ち寄ることで、長期間の籠城を可能にしていた。
しかし、領主邸に籠城して十日目が過ぎ、食料こそまだ持つものの、じりじりと近づくタイムリミットに、村民の精神の方は限界に近づいていた。
そんな中、屋敷の二階では、男爵家の従士が集まり、家宰ライアンと話し合いが行われている。
従士たちの方にも、進展せぬ状況に徐々に不安の色が現れていた。
「ライアン様、村人達も限界に近いです。男爵様も戻らず、男爵様が雇用していた冒険者も森から戻ってこない。こちらから動かず、大丈夫なのでしょうか?」
「………男爵様は当てにせぬ方がよい。あの方は目先の利益や自身の保身しか考えぬ頭の悪い愚か者です。戻って来ても、何の役にも立たぬでしょう」
家宰ライアンの歯に衣着せぬ物言いに、もはや男爵家の従士は誰一人驚かない。
ライアンは先代男爵が若かりし頃より男爵家で家宰を務める老齢の重鎮である。彼の忠誠が先代だけに向けられたもので、その息子へは爪の先ほども向けられていないことは、この家のものならば周知の事実であった。
男爵家に仕え続けているのは、ただ亡くなった先代への恩義だからということに他ならない。それにライアンとて、先代と共に築き上げた男爵領には愛着もある。
「でしたらなおさら動くべきでは?」
「動きたくとも動けぬでしょう。メリクに早馬を向かわせたにも関わらず、まだ救援が来ない。向かわせた者がどうなったかは、明白です」
目を瞑りながら沈痛な面持ちでライアンは答える。
一手遅かった。あと一手早く、送り出していればと、自責の念に駆られる。
「そんな………では、我々はどうすれば………」
「私は男爵様は当てにしてませんが、サウス辺境伯の懐刀、メリク子爵は当てにしています」
「子爵様、ですか?」
「あれは喰えぬ御方です。こちらの異変に薄々は勘付いているでしょう。救援とまでいかなくとも、何かしらこちらの様子を確認する為に動くはずです。そしてあの御方に限って無策はあり得ない」
クラウス・フォン・メルク子爵。
サウス辺境伯が王の許可なく差配出来る子爵位の一つを使い、三十年前に僅か十五歳で叙爵した傑物だ。昨今のメリク市における冒険者優遇措置などの施策のほとんどは、クラウス子爵の発案である。
ライアンも先代が健在の頃から幾度となく会ったことがあり、その優秀さに舌を巻いたものだ。
「今は待つのが最善です。幸い塀と掘を超えられる魔物はいません。食料も男爵が過剰に徴収していた麦の備蓄があります。皮肉ですが、今回は助かりましたね」
ライアンは苦笑いを浮かべる。
男爵は国で定められた徴収率を超える割合を村民に強いていた。識字率が極端に低く、学のない村民の弱味に付け込んだやり口である。
無論ライアンは家宰として幾度となく男爵に是正するよう進言したが、まったく聞く耳を持たなかった。
過剰に徴収していた麦は備蓄され、機を見て少しずつバレないように売却されていたが、今回はその備蓄が村民の助けになっている。
「村民の皆さんには、メリク市から救援が来る手筈だと伝えなさい。それで少しは落ち着くはずです」
「いいんですか?」
「噓も方便です。ですが嘘にはならないと私は思って───」
「ライアン様!!居られますか!!」
従士たちの話し合いの最中、突如、従僕が大声を上げながら室内へと駆け込み、ライアンへを見つけるや否や一目散に走り寄る。
その尋常ではない慌てように、ライアンは嫌な予感を禁じ得ない。
「何事ですか?」
「て、庭園に魔物が!魔物が侵入して来ています!」
「何ですって!?塀と掘を飛び超えてきたのですか!」
「飛び込んできたのではありません。し、下から、地面から現れています」
「───っ!」
その言葉にハッとしたライアンは庭園の覗ける窓際へ走り寄り、下の様子を眺める。
「キラー・アント………」
ライアンが見つめる先、庭園のど真ん中に二メートルほどの穴が開けられ、そこからワラワラと人間サイズの蟻があふれ出している。
鉄のような甲殻に、人間の四肢を容易く嚙み切る顎を持つ昆虫型の魔物だ。そして何より最も危険なのは、蟻群とも言われる圧倒的な数ある。
一匹なら討伐に苦労する魔物ではないが、群れであれば話が違う。オーガですら群れに飲み込まれ、餌にされてしまうという報告も上がっている。
「まずい!村民を二階へ避難させなさい!地下室は危険です!」
「は、はい!」
ライアンの指示に、従僕は急いで地下室へ向けて駆けていく。
「ライアン様………」
「槍を取りなさい。死中に活を求めるしかありません」
ライアンは悲愴な面持ちで部下に指示を出す。
もはや石塀と水堀は意味をなさない。キラー・アントを討伐し、あの穴を塞がねば、今後も魔物の侵入を許してしまう。例えそれが無理難題であっても、やるしかない。
従士一同が槍を持ち、申し訳程度の防具を身にまとう。
「あの何としても穴を塞ぎます。さあ行きま───」
ゴオォォォォォォォ───!!!
覚悟を決め、いざ行かんとしたその時、突如、轟音と共に地面が揺れ、窓硝子がガタガタと鳴り響く。
「なんですか!?」
ライアンが窓際へ走り寄り、庭園を見下ろすと同時に、視界がオレンジ色に染まる。
炎の竜巻───
キラー・アントが掘った穴より、屋敷の屋根より高々と上がる炎が巻き上がり、黒焦げのキラー・アントが空より次々に落下してくる。
「これは………まさかフレイム・ストーム!?」
フレイム・ストームは、炎の嵐を発生させる上級魔術、高ランク冒険者くらいしか使い手はいない。
しかも、フレイム・ストームは広範囲に攻撃する範囲魔法である。それを穴に向かって放つなど、魔術の制御に絶対の自信がなければ不可能だ。逆流すれば術者も只では済まない。
人間が放ったとはライアンにはとても想像できなかった。
ライアンたちが驚愕したまま見つめていた炎の竜巻が治まると、穴から四つ足の獣が飛び出し、次々とキラー・アントを爪で薙ぎ払っていく。
「なんですかあの魔物は………キラー・アントをいともたやすく………」
もし、あれに襲われれば、ライアンたちには成す術がない。キラー・アントとは、比べようもない脅威だ。
しかし、その脅威は粗方、キラー・アントを片付けると、穴へ向かい中を覗き込む。
ライアンは勘違いしていた。
フレイムストームを放ったのも飛び出してきたあの四つ足の魔物であると。
「にゃはははは!キーちゃん、先に行くなんてズルいよ。あたしが通れるようにしたんだよ?」
魔物が覗き込む穴から顔を出したのは、鼻頭を煤で汚した、楽しそうに笑う一匹の猫であった。
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