特別な存在
佐々木さん。彼は私にとって特別な存在だ。
彼とシフトが被っている日は、いつもの倍頑張ろうと気合いが入る。
「おはようございます」「お疲れ様です」。こんな業務的な挨拶でも、相手が佐々木さんだと魔法の言葉のようにキラキラして聞こえる。
特に彼の笑顔は格別だ。整った顔がくしゃりと崩れて、ビー玉のような丸い瞳かま細く垂れる。その笑顔お見ると、自然とこちらも笑顔になれる。
佐々木さんは、老人ホームで働く私の先輩だ。
「こちら、佐々木さん。1番歳が近いから、話しかけやすいと思うよ。佐々木さんは23歳だから、田中さんの3歳年上かな?」
入社初日に、指導者の人が紹介してくれた。佐々木さんは、綺麗な笑顔を浮かべ、「よろしくお願いします」と言っていた。
佐々木さんは大人しい性格で、業務連絡以外で誰かに話しかけ姿を見たことがない。それに休憩中はイヤホンを着けてスマホをずっと触っているから、最初の頃は少し怖くて近寄りがたかった。
その印象が変わったのは去年の夏。夜勤業務をしていた時のこと。
うちの職場の夜勤は2人体制だ。最初の頃は指導者の先輩と組んでもらっていた私も、最近では指導者以外の人とも夜勤を組まれるようになった。
その日は、佐々木さんと初めての夜勤だった。
佐々木さんと2人だけで仕事をしないといけない。
彼から嫌がらせをされたことなど1度もない。質問をすれば分かりやすく答えてくれるし、仕事も丁寧で真面目な人だ。でも、なぜか意識してしまった。その途端急に緊張してしまい、いつも通りの業務でミスを連発した。
多動な利用者様への対応が遅れ、ベッドからの転落を防ぐことができなかった。服薬介助中薬を床に落としてしまい、利用者様と佐々木さんに迷惑をかけてしまった。薬は見つかり内服できたのだが、利用者様は機嫌を損ねてしまった。
「もっとちゃんとしてください」
いつもなら受け流せる利用者様の言葉も、この日はぐさりと刺さった。
夜勤の待機室。業務が一段落した佐々木さんは、静かにスマホの画面を触っていた。
「すみませんでした」
2人きりの沈黙に耐えきれなくなり、私は小さな声で頭を下げた。
「え、何が?」
佐々木さんは、困ったように首を傾げる。
「私のミスのせいで仕事が遅れて、迷惑をかけてしまってすみませんでした」
声を出す度、涙が溜まり視界が揺らぐ。
「え、あの、大丈夫ですか?」
佐々木さんはこちらを見て何度か瞬きをした。
「すみません」
私はもう一度頭を下げる。
「迷惑じゃないですよ」
佐々木さんは、優しい笑顔をこちらに向けた。
「自分も最初はそんな感じでしたから。泣いてしまうってことは、それだけ一生懸命な証拠です。きっと、これからもっと成長できますよ」
佐々木さんの言葉があまりにも温かくて優しくて、私はすぐに返すことができなかった。
「応援しています」
「ありがとうございます」
やっと出せた言葉は震えていて、相手に届いたかどうかは分からない。