あんず
私は猫と歩いていた。白い猫だ。
そこに一匹の綺麗ないたちがやってきた。いたちは言った。
「私は硝子の花冠を首にかけたことがあるの」
そして私にルリタマアザミをあしらったそれを渡し、ろくに私の顔も見ずに立ち去った。
鋭利な硝子は私の肌を容易く切り裂き、赤い液体が両手を伝った。
硝子の花が私の鮮血を吸い、その部分が形を変えてあんずの花になった。
猫が私を見つめる。
私は怖くなって花冠を地面に放り出した。軽い音が鳴る。
猫は言った。
「あなたは駄目な人間だ」
遠くに金魚たちが通りかかるのを見た。私は慌てて屈み、金魚たちを背に花冠に近づく。
恐る恐る花冠に指を触れる。アザミの花は痛くて、あんずの花は痛くないことに気づいた。
私はあんずの花の部分を片手で持って、金魚たちから隠す。猫は耳を後ろ脚で掻いている。
アザミの花で裂けた傷から指先に赤い液が伝い、ぽたぽたと落ちる。
暫くすると金魚たちは去った。
花冠を目の前に持ってくると、さっきと変わらず、アザミとあんずが咲き誇っていた。
どうしよう。
猫が私を見つめる。
私は屈んで両手で花冠を地面に置く。立ち上がる。
猫は数歩下がった。
私は細く息を吐いて、上体を沈めて。
全力で花冠を踏みつけた。
足の裏に硝子が刺さる。深く、刺さる。
もう一度踏む。もう一度、もう一度。原型を失うまで徹底的に。
息が乱れる。
硝子が割れるぱりんという音が、砂を踏む様なじゃりじゃりという音に変わった時、私は踏むのをやめて、荒い息とともに座り込んだ。
花冠だった物は、ただの紫色の粉となり果てていた。
両手の血は乾いて、皮膚にこびりついている。
私はその手で元花冠の隣に穴を掘り、元花冠を流し込んで土を被せた。
足で踏んで土を固める。土の上に血の跡が残った。
私は猫の方を見る。
猫は私の傷を見て、何も言わなかった。