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性悪狐と姫少女  作者: 狐付き
貴族生活
16/16

きゅきゅ、かわいいを語る

 ザーク家の姉弟を見送ったあと、ハルモアはリミルリへ顔を向けた。

「さあリミ、ワタクシたちも学園へ向かう準備をするわよ」

「はい」

 出発は翌々日。大まかなものは学園がある首都の屋敷にあるが、新たに必要なものや、道中の着替えなどは持ち出さねばならない。


 メイドらに荷の指示を出していたハルモアが、突然頭をかかえた。

「どうかしましたか?」

「リミが学園に行ったら絶対大人気になるのよ。いろんなひとから引っ張りだこ。ワタクシのリミなのに他人が奪い合うのはイヤ! でもリミを見せびらかせたい! ワタクシの思う可愛いこそが最高なんだと知らしめたい! ああっ……」

『やっぱこいつアホきゃ』

(あはは……)

 よくわからない葛藤をしているハルモアを、半ば呆れた様子で見ているきゅきゅ。だけどここのところずっと一緒にいたことで、彼女に気を許しつつあるようだ。


『そんなことより入学してからどうすればいいか聞いてみてきゃ』

 リミルリは頷き、ハルモアに訊ねた。


「本来学園は8歳から入るから、リミは編入生として入ることになるわ。学力に関してはワタクシの見立てで完璧だから問題ないとして……学内の決まりごととかは教えたほうがいいわね」

「決まりごとですか?」


 貴族の学校なのだから、色々と面倒な決まりごとがあるのは当然だ。特に男子は家督を継ぐため、上下関係をはっきりさせたがる。そして女子は実家より上の男子以外に目もくれないケースが多い。つまり五位ブランコ六位プレートの男子はかなり過ごし難い。

 そのため授業や教師から教えられない、生徒間に暗黙の了解(ルール)が存在し、親戚筋や仲のいい家柄の先輩から受け継がれる。


 自分の知らない世界の上流階級の知識を、きゅきゅは尻尾を振りながら聞いている。人間時代は辛かったことでも、今は他人ごととして楽しんでいるようだ。



「────こんなところね。リミにはあまり関係なさそうだけど」

「そうでしょうか」

「だってリミは位なんて関係なく最上位になれるもの。ただ……」

 爵位以外にも生徒間には上下関係がある。リミルリであれば一位ローシャ二位アズー相手でも上に立てるとハルモアは考えているようだ。

 だが言葉には続きがある。問題がひとつあるのだ。


「王子に目をつけられるかもしれないわね」

「まさか」

「目をかけられないほうがまさかよ。だってこんなに愛らしいんですもの!」

 第一王子はもう卒業しているのだが、第二、そして第三王子が存在している。

 第二王子はリミルリのふたつ上。第三王子はひとつ下で、今年入学だ。彼らは同じ年代の貴族の女子が一堂に集まる学園で、将来の妃を選ぶのだ。


 賢く美しく、社交的で王を立てる女子が王子自らによって選ばれ、のちに王となるであろう己の横に置く。女子にとってはこれも学園生活の大きなイベントである。


『あたしも同感きゃ』

「きゅきゅちゃんまで……もう」

 リミルリはきゅきゅの首回りを指でくすぐりながら困ったように言う。

 未だに貴族相手でも心臓が高鳴るのを抑えるのに必死だというのに、王族となんか相手をしたくない。


 脅されたような不安を胸に、リミルリは準備を終え出発を待った。




 当日、ハルモアとリミルリは予定通り出発した。今回ふたりということで、貴族用馬車ひとつと、荷馬車がひとつ。荷馬車には荷物のほか、ハルモアとリミルリそれぞれの専属メイドが乗っている。ハルモアに3人、リミルリにふたりだ。それにサマンタルア領の騎士5人が護衛としてつくことになった。新学年のときは王への献上品も積んであるため、少々物々しい。

 馬車も低床低重心で速度が出るものであり、景色が楽しめない反面、高速度でも横転しないよう重心が車軸よりも下になっている。とても物々しい。


「ここまでする必要あるのですか?」

 リミルリがきゅきゅに問われた通り質問する。

「あるわよ。この時期盗賊に襲われるのなんて風物詩みたいなものね。ワタクシも最初は驚いたけど、3回も見れば慣れるわ」

 襲撃されるのに慣れたくはない。酷い話もあったものだ。


「治安がよろしくないのですか?」

「治安というより、楽して儲けたいと思っている農民トルバーが、この時期だけ盗賊になるっていうのが正しいのかしらね」

 それもまた治安である。それに楽して儲けられるわけではない。貴族相手だ。向こうは死ぬ覚悟で来ているに違いない。農業を営むものは、それだけ切羽詰まった生活をしているということではないだろうか。

 しかも家族に迷惑がかからぬよう、わざわざ他領からやって来るのだ。

 上手くいけば金目のものが手に入る。失敗しても食い扶持が減る。そんな感じなのかもしれない。


(きゅきゅちゃん、なんとかならないの?)

『これは無理きゃ。それこそ王にでもならないと、あたしでもどうにもならないきゃ』

(王に……)

『どちらにせよ、あたしはリミたちが無事ならあとはどうでもいいから気にしないきゃ』

 きゅきゅにとって人間がどうなろうが知ったことではない。ただ自分を取り巻く環境────リミルリやリミルリの祖母、あとついでにハルモアなどが無事であればそれだけでいい。結局彼女は人間嫌いの小動物なのだから。


「でもそんなに怯える必要はないわ。ワタクシたちの先に出たザーク家の騎士たちが蹴散らしてくれるもの」

 リミルリが怖がっているのではと思ったハルモアは、安心させるためそんなことを言う。だがそれはリミルリを更に悲しませるような内容だった。

 この国の貴族は民を軽んじているのではないか。それとも彼女がまだ子供だからそういったことを教えられていないのだろうか。



「きゅ」

 暫くして、きゅきゅがなにかしらに反応した。

「どうしたの? きゅきゅちゃん」

『……なんでもないきゃ』

 きゅきゅは言葉を濁す。

 血と死の匂いがしたのだ。恐らくこの辺りで戦闘……盗賊と化した農民が、騎士によって一方的に殺戮されたと思われる。死体は見えぬよう周囲に飛ばされているのだろう。襲撃にもってこいである草の高い草原は、そういったものを隠すのにも丁度いい。

 血だまりも上から砂をかければ誤魔化せる。商人が通ったのだろうか、いくつもの轍があり、濃くなっている部分が露出していても、それとは気付かないはずだ。


 だけどそれをリミルリにいちいち説明するきゅきゅではない。心の優しい少女にこんな話をしたら、きっと苦しむだろう。 

 それでも本当に襲撃があるという証明にはなった。きゅきゅは気を引き締める。




 しかし特にトラブルがなかったため、目的の町には夕刻ごろ到着した。


 ザーク家とサマンタルア家は共用の別邸を所有しており、王都へ向かうときはそこを使用する。年に数回しか使われないから大した広さもなく、交互に使用するためハルモアたちはシュカたちから遅れて出発をする必要がある。


「綺麗な家ですね」

「ええ。でもなんか……」

 ハルモアが小首を傾げる。

 前回来たときよりも中が綺麗だったのだ。

 次に使うサマンタルア家のため、ザーク家のメイドたちが多少は綺麗にしておくのは当然なのだが、それにしては必要以上に清掃されている。


「ちょっといいかしら?」

「はい、なんでしょうお嬢様」

 ハルモアが屋敷を管理している男を呼ぶ。


「シュカたちがいたとき、なにかあったのかしら?」

「ええ。アシュナーダ坊ちゃまが、自分たちがいるときにうるさくして構わないから、清掃をとにかく行えと」


 管理しているからといって好き勝手に屋敷へ入れるわけではなく、ザーク家或いはサマンタルア家のものが来る数日前に入れるようになる。そのため清掃に時間をかけられるわけではないし、そもそもここに滞在するのは1日か2日だからここまで綺麗にしておく必要もない。


「ふぅん。あの子、意外なところで紳士的なのかしらね」

 ハルモアの言葉にリミルリは笑顔で答える。



 夕食を終え、寝姿になったふたりはベッドの上で向かい合って座る。

 真剣な眼差しでハルモアはリミルリの顔を見つめる。

「リミ」

「はい、姉様」

「……リミ?」

「はい」

「……はいの後、もう一度」

「……はい?」

 なにを言っているのかわからない様子で、リミルリは首を傾げる。


「リミ、ちゃんと呼んでくれないと困るのよ!」

「姉様?」

「も、もう一度!」

「……姉様」

 ハルモアは悶た。


 これから学園に行くのであれば、姉妹なのだから呼び方がハルモア様ではなにかと問題がある。ちゃんと姉妹であることを周囲に知らしめる必要があるのだ。

 それを踏まえたうえでハルモアはリミルリに姉呼びを徹底させようとしている。

 という建前で動いている。

『こいつ、変態きゃ』

 リミルリはなにも答えず、きゅきゅの頭を撫でる。もう諦めようと言いたげに。


「それはそれとして、リミ。この服もあなたの服のように白くできないかしら」

 ハルモアが取り出したのは、リミルリ用にあつらえた学園の制服である。


「きゅきゅちゃん、どう?」

『できるきゃ』

「できるそうです」

「じゃあそれを白くして学園に通ってね! 白の革命を起こさないと!」

「それでは姉様の制服も白く致しましょうか?」

「そんなことしたらリミが映えないじゃない! ワタクシはどうしてもみんなにワタクシの考えるかわいいこそが正しいって認めさせたいのよ!」

 ハルモアはあくまでもリミルリを美とかわいいの象徴に据えたいらしい。


「姉様は自身のかわいいを証明されないのですか?」

 リミルリの言葉にハルモアは顔に暗い影を落とした。

「……ワタクシはリミみたいにかわいくないから……」

「そうでしょうか」

「そうよ! ワタクシだって色々やってみたのよ! でもどうしようもないものだってあるじゃない!」


 ハルモアの言葉にきゅきゅは少し苛立った。

『リミ、あたしの言葉をそのまま伝えて』

(う、うん)

 いつもの「きゃ」を付けない、きゅきゅの真面目な話だ。

「姉様、これからきゅきゅちゃんからのお叱りの言葉を伝えます」

「叱られるの!?」

「女の子というのは女の子というだけでみんなかわいいものです。

 見た目がかわいくないというのは、かわいくなる努力をしていないだけの甘ったれです。

 世の中には努力を大してしなくてもかわいい女の子もいるでしょうけど、そういう子だって更にかわいくなる努力をしているものです。諦めた時点でその子はかわいいを語る資格はありません……だそうです」


「う……でもワタクシがどれだけ努力したってリミには敵わないわよ!」

「それがそもそもの間違いなのです。理想を求めるのはよいことですが、それは自分のかわいさを活かす術にはなりません。どうしたら自分がかわいく見せられるかを追求するのが女の子のすべきことなのです」

 随分と偏った思考だが、きゅきゅ──稲穂が育った環境というのはそういう場所だったのだ。


 由緒正しい家柄の娘である稲穂は、女性としての美しさを求められた。姿勢や歩き方まで至り、容姿が美しいのも当然とされていたのだ。

 考えとしては古いだろうが、古くからある名家なのだから仕方ない。家を守るためのしきたりと言われたら従うほかない。

 容姿においてはどちらかといえば普通だった稲穂は、かなりの努力をしていた。


「リミだって最初は酷いものでした……って、私、そんな酷かったの!?」

 思わず素で返してしまうリミルリ。そんな姿を見たのが初めてのハルモアは、吹き出してしまう。

 髪はぼさぼさ、顔は泥や土がついたまま、ロクに手を洗わないまま食べ物を手づかみでほおばるし、歩き方だって動物に近かった。きゅきゅでさえ今のリミルリが同一人物だなんて思えない。


「だけど、ワタクシをかわいくする方法なんてあるのかしら」

 ハルモアは自分に自信がないようだ。

 きゅきゅからすると、ハルモアの素材は稲穂よりもよいものである。これで駄目だなんて引っぱたいてやりたいくらいだ。


「ではまず、ご自身のどこが嫌なのでしょう」

「目よ」

「目ですか」

「ワタクシの目、つり目で意地悪そうじゃない。こんなのかわいくないわ。もっと優しそうなたれ目が良かったのに」

「確かにつり目は強い印象を与えますが、それをどうにかしようとせず、逆に魅力的に魅せる方法を考えるべきです」

「そんな方法あるのかしら」

 リミルリは少し考え、きゅきゅを見る。そこでなにか思いついたかのようにきゅきゅを掴みハルモアへ見せる。

 きゅきゅの顔を間近で見れたことでハルモアの顔はだらしなくデレる。そんな表情できゅきゅを眺めていたところ、ハッと気付いた。


「こ、この子、つり目だわ!」

「ええ。狐ですから」

 正面から見るとたれ目っぽく見えるフェネックでも、やはりつり目である。


「そうね! つり目だからってかわいくないわけじゃないのよ! ワタクシはかわいいつり目を目指せばいいのね!」

 ハルモアが力強くこぶしを握る。目標ができたようだ。

『こいつ単純で楽きゃ』

(あはは……)

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