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性悪狐と姫少女  作者: 狐付き
貴族生活
15/16

ご子息は決意する

 翌日の昼前、シュカたちは学園へ向かうため屋敷を出た。

「ああもう、リミと離れるのが辛いわ!」

「シュカ様、またお会いしましょう」

「そんな呼び方しないで、お姉ちゃんって呼んで欲しいわ! ……ああ! そういえばリミも学園に通うのよね! 向こうで会えるじゃない!」

 学園生活は貴族の子の義務である。当然リミルリも通うことになる。


 そして俯きながら馬車に乗り込もうとした少年は、意を決したようにリミルリへ顔を向ける。顔を赤くし、震えながらも勇気を振り絞り言葉を紡ぐ。

「オレの名前はアシュナーダ! アシュナーダ・イドゥ・ザークだ!」

 その名を聞いたリミルリは笑顔で答えた。

「道中お気をつけ下さい、二位アズー・ザークご子息様」

 少年の顔色は青褪め、絶望の表情が浮かんだ。

 そんな少年をシュカが押し込み、再度挨拶をすると馬車は走り出した。


「あれでよかったの? きゅきゅちゃんのことだから凄い意味みたいだけど」

『当然きゃ。名前を言われたのに家名で返すっていうのは「お前の名前なんかに価値はないんだよ親の脛でもかじってろ」って意味きゃ』

「えええー……」

 リミルリ、ドン引きである。




 ガラゴロと鳴り響く馬車の中、泣き出しそうな顔で俯いていた少年が、かき消されそうな声でつぶやいた。

「オレなんて、どうでもいい人間なのかな……」

「どうしたのよ急に」

 かろうじて聞き取った……というより、他にやることのない馬車の中、聞こえた言葉にシュカは反応してやる。

「リミルリにオレの名を教えたのに呼んでくれなかった! リミルリにとってオレは父上の息子でしかないんだ!」

 あれだけのことをしておいてなにをほざいているんだと呆れつつも、ため息でその考えを吹き飛ばし、弟へ言葉を向けた。


「だからあなたは子供なのよ。あれは『今のあなたはザーク家の名だけの価値しかない子』って意味よ」

「同じじゃないか!」

「でも女性が男性に対して言うと『家名に負けないようなイイ男になれ』って励ます意味にもなるのよね」

 家名ではなく自らの名で知れ渡るような人物になれという叱咤である。もちろんそんなこの世界特有のことをきゅきゅは知らない。


「オレ、イイ男になれるかな……」

「あー……無理ね」

 シュカは少し考えて断言した。

「なんでだよ!」

「あなたが言いたいのは『リミルリに見合うだけのイイ男』でしょ。だから無理よ。だってあの子、完璧だもん。それこそフィー王女よりもね」

 品があり優雅で美しく、それでいて気取らず、お高くもない。心の癒やしを集め、純度を高めて結晶化させるとリミルリになる。それがシュカの評価だ。

 少年にもそれはわかっているらしく、悔しそうに下唇を突き出す。


「『アルスアムの頂きからでも太陽には届かない』。あなたも学校で習うわよ」


 高く険しいアルスアム。

 前人未到のアルスアム。

 かの山の頂求め、戻ったものはまだおらず。


 昔から詠われている詩だ。どれほど必死に頑張って、万が一到達できたとしても太陽に手は届かない。いわゆる無駄な努力のことである。


「それくらい知ってる! でもアルスアムの頂きに立ったとき、この世界で一番太陽の近くにいるのはオレだ!」

 この言葉にシュカは驚いた。あの悪たれ小僧がたった3日で男になったのだ。

「まあ無理なんだけどさ、私もリミのお姉さんになれるなら少しは協力するわよ」

 シュカは笑顔でそう返した。


 蛇足だが、赤道は太陽に最も近い場所だが逆に最も遠い場所でもある。つまり最も近い場所だからといって油断していると最下位にもなりかねない。それを闇落ちという。


「まずはあなたのくだらない悪戯をやめることね」

「あれはその……」

「その、なによ」

「……気を引きたかったんだよ」

 良し悪しはさておき、注目されたかったようだ。誰にというわけではなく、周囲に自分を見てもらいたい。完全に子供の発想だ。

 

「あんなの気は引けるかもしれないけど、嫌われるだけよ。メイド相手なら文句は言われないだけで、普通の女の子は怒るわ」

「でもオレは……」

「あー」

 シュカは察してしまった。

 彼は生まれてこのかた、同じくらいの年代の少女と会ったことがなかった。

 母、姉、そしてメイド等、年上の女性ばかりである。要するに彼の悪戯に対して文句を言えるのは家族だけ。そしてメイドたちは彼よりも大人だ。他に見られているわけではなければ、主の子供の悪戯なんて些細なことだと強く出ない。


 大体、この国では、年下の兄弟に対して色々教えるのは、年上の兄弟の役目である。つまりシュカのせいだ。

 肝心のシュカといえば、自分の好奇心を満たすことばかりにかまけており、弟のことを等閑なおざりにしていた。これは反省せねばならない。


「そもそも、あなたはリミのどこがよかったのよ」

 少し気まずいシュカは、話題を変えた。

「そ、それは……」

 口ごもり、言わない。言えないといったほうが正しいかもしれない。

「今言わなくても、どうせあとで無理やりにでも言わせるんだから、早めに言っておいたほうが楽よ」

 シュカがやることは結構エグい。それをやられるくらいならさっさと白状したほうがいいことは今までの経験でわかっている。

 だけど言うのは恥ずかしい。それでも変な技をかけられるよりマシだ。少年はもごもごと小さな声で話した。


「……初めてだったんだ」

「なにが?」

「……よくわからないけど、あれが女の子なんだなって感じたんだ」

 抱きとめられたとき、姉や母などと違う少女の柔らかさ、香り、笑顔。そして厳しさにやられてしまったようだ。

 このマセガキと思いつつも、シュカは嫌な感覚を覚えた。

「あなた、最悪よ」

「なんでだよ!」


「さっきも言ったでしょ。あの子は特別なの。リミを基準にしてしまったら、他の女の子全てがみっともなく見えるわよ」

 初めて知ったものというのは、そのひとの中でそれが基準となってしまう。つまりリミルリを見知ったことで、彼の「女の子」というカテゴリのハードルが出来上がってしまったのだ。

 これでもしリミルリと一緒になれなかったら、彼は永遠に好きなひとができなくなってしまうかもしれない。


「だ、だったらオレは、それでも……」

「本気なの?」

 項垂れつつ頷く弟を見て、シュカは盛大なため息をつきつつ脱力した。

「わかったわ。あなたが本気なら、私も覚悟を決める」


「どうするつもりなんだ?」

「遊びは終わり。これから私はリミのような淑女を目指すわ。あなたもそれに見合うだけの教養と礼節を覚えなさい。ひとりでは辛いでしょ? 付き合うわ」

 少年の目から涙がこぼれる。姉という存在が、これほどまでに自分を支える心強いものなのかと初めて感じたからだ。


 ふたりの、いや、ザーク家の未来が変わった出来ごとだった。

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