エピローグ ~サマンタルアの末娘
────リミルリ・サマンタルア。エリソン家の義娘で、元の名はリミルリ・ファーディス。ダクターフ王国にあるファーディス領、二位・ファーディスの末娘。
現三位・サマンタルア夫人である、現四位・エリソン卿の妹、アイネの血筋という設定である。
アイネの曾祖父の妹が、旅をしていた当時のファーディス家の長男に求婚されたのが発端で、二位とはいえあまりにも遠くの国との結婚に難色を示していたエリソン家が、ファーディス家と交わした約束がある。それはファーディス家に女児が複数生まれたとき、ひとりをエリソン家に差し出すというものだった。
偶然かどうかはわからぬが、今まで女児を送られてくることはなかったため、恐らく生まれていなかったのだろうと推測。それに今のエリソン家は息子が3人、娘が3人という大所帯だから今更そんな約束を果たされても困る。
つまりこのリミルリの設定は、エリソン家にとってもファーディス家にとっても全く問題のない、むしろ有り難い話だった。一応ファーディス家にも確認のため封書を送ったが、いつ届くかわかったものではない。だが恐らくは許可されるだろう。
嘘をつくときは真実を織り混ぜると信憑性が高くなる。エリソン家の娘が遠い国の貴族の妻として迎えられたという話は、当時国内で話題になっており、今でも知っているものがいるはずだ。
(あたしとしてはリミに嘘をつかせたくないけど、これはリミルリ・サマンタルアのつく嘘だからリミルリとしての嘘じゃない。ここが落とし所かな)
ダブルスタンダードの塊きゅきゅはそれで納得した。
「じゃあリミ、あなたの部屋が用意できるまではワタクシと一緒に寝ましょう!」
家族会議が終わったところで、ハルモアはリミルリを部屋へ引っ張るように連れていき、サマンタルア卿は執事を呼び、下のものへの通達と口止めを始めた。
「よろしいのでしょうか」
「いいのいいの! それどころかリミさえよければ部屋を共用にしたいくらい!」
『やばいきゃ』
「どうして?」
『寝姿を晒すことは考えてなかったきゃ』
きゅきゅが自らの落ち度を悔やむ。
とはいえまさか寝姿を晒す羽目になるなんて誰も予想していなかっただろうし、これは特訓したからどうなるというわけでもない。
リミルリは遊牧民としての暮らしもあったし、きゅきゅとの特訓時は穴の中で寝泊まりしていた。そのせいで体を丸め、小さくなって寝る習性が付いている。広いベッドで寝ることに慣れていないのだ。
寝相が悪いということはないだけマシだろう。
『こうなったらあいつより後に寝て、先に起きるきゃ』
「が、頑張る」
ようは見られなければいいのだ。
「これに着替えてね」
ハルモアはベッドに用意してあった3枚の寝間着から1枚を取り、リミルリに渡す。
(用意周到だね。でもなんで3枚?)
『多分この中から選ばせるために置いてあったのきゃ。だからリミのために用意していたわけじゃないと思う』
ハルモアは、今日の自分に合うオシャレ基準という謎の設定を持っており、それは自身にしかわからないもので、メイドたちを困らせることがよくあった。あきれた母親が、だったら自分で選びなさいと、何枚かを置くことを提案していたのだ。
ハルモアも自分が着るものを選ぶと、どこからともなくメイドが現れふたりを着替えさせていく。リミルリは最初少し驚いたように体が震えたが、基本的に羞恥心が薄いことが幸いし、服を脱がされ周囲に裸体を晒しても堂々としていた。
メイドに身を任せるのは慣れていないと案外難しい。こうしてされるがまま着替えさせられることに抵抗がないところを見ると、まさにお嬢様然としている。
「それにしてもリミ、あなたの服は本当に素敵ね。どこで手に入れたの?」
ハルモアが脱がされたリミルリの服を眺めながら、物欲しそうに訊ねた。
「これは町で普通に売っているものですよ」
「まさか! こんな美しい白を見たこと……あれ?」
ハルモアはリミルリの服をしげしげと見つめた。
「……よく見れば縫い目は荒いし、生地も大したものではないわね」
ほつれがあり、生地の糸も均等ではない。どちらかと言えば安物といえる。
「だったら何故これほどまで白く美しいのかしら」
「それは蛍光増白を行っているからです」
「け、けい……ぞう?」
「染めの方法だと思って下さい」
ハルモアは少し考え、ひとつの答えが出た。
「つまり白く染めているってことね!」
その通り。現在の洗濯でも、白い服と色ものを一緒に洗ってはいけない理由のひとつだ。そして蛍光剤の入っていない洗剤の使用やしみ抜きを行ったあと、蛍光剤の入った洗剤で洗わないと白が落ちてそこだけ黄ばんだようになってしまう。
「だ、だったらこれを白くしてもらえる?」
ハルモアが出したのは、上品な白いワンピースだった。リミルリの着ていたワンピースと比べては失礼なほど縫製は整い、美しい仕上がりになっている。
白いとはいってもリミルリのワンピースと並べると黄色く見えてしまう。
(できる?)
『できるきゃ。この時代にはまだ化学繊維がないから簡単に染まるきゃ』
綿麻や絹のような天然繊維は大抵のもので染めることができる。しかし化学繊維、特にポリエステル系は専用塗料でなければ染めにくい。
「できますよ」
「ほんと!? じゃあこれ、リミにあげるわ!」
(どうしたらいいの?)
『もらっておけばいいきゃ。言われたように白くすればさっきまで着てたやつよりよくなるきゃ』
「ありがとうございます」
「そんな畏まらないで。今日からワタクシとあなたは姉妹なのよ。できたらお姉ちゃんと呼んで欲しい!」
相変わらずグイグイと押してくるハルモアの勢いには、きゅきゅと散々特訓を重ねたリミルリもたじろぐ。
そしてふと思い出したようにリミルリから離れると、タンスからなにかを取り出し持ってきた。
「あとはタイツね。あなたの足は確かに見惚れるほど美しくて隠すのは勿体ないけど、レディは極力素肌を見せるものじゃないわ」
今履くわけではないのに、せわしない少女がわざわざ持ってきて見せる。きゅきゅはふんふんと頭の中でメモを取る。
(スカート丈は問題なかったけど、露出が問題だったか)
一応町のひと基準で揃えていたが、ここに貴族と平民の違いがあるようだ。
「靴も替えたほうがいいわね。どういうのがいいかしら」
『折角だしリミに合うのがいいきゃ』
(自分でなにが合うかわからないよ)
オシャレなんかしたことがなく、着ているものは全てきゅきゅが選んだものだ。
『じゃあショートブーツがいいきゃ。あとリミは足が長いからヒールは低いほうがいいきゃ』
ただでさえ長い足が、ヒールの高い靴を履いてしまったら余計長く見え、バランスが悪くなってしまう。
それにいざ逃げるとき、少しでも動きやすいほうがいい。
言ってみたが今すぐというわけにはいかないらしい。だが近々手に入るだろう。
これで服装も完全にお嬢様となり、リミルリ・サマンタルアが完成した。外民だったころはもとより、平民のかけらも残っていない。
生活は手に入れた。あとは祖母を探すだけだ。