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三時


 男子高校生の食欲を舐めてもらっては困る。


 思春期は終わりかけても、成長期は真っ盛りで、食べたものすべて身長と筋肉に変化させている。いくらでも食べるし、いくら食べても太らない。

 男子高校生というものは、お年頃になって年中ダイエッターになり始めた女子にとっては、信じられない人種の生き物である。


 そんな男子高校生達は、なにもしなくても腹が減るのだから、 机に黙って座っているなんて大層な作業をしていれば、とてもとても腹が減るのが自然の摂理というものであり、大盛り弁当大歓迎、質より量、量よりも大量を求めるその食欲は凄まじいものがある。


 ブラックホールさながら、際限ない男子高校生の食欲を満たさんと、我が教室には、おやつ同好会なるものが存在する。


 奏多、拓海、俊太、涼、この仲良し男子四人組がただお菓子を食べるという同好会だ。もちろん、学校非公認で会員はこの四人だけ。


 この同好会の活動内容はいたってわかりやすい。彼らが食べたい三時のおやつを、食べたいままに、食べたいだけ食べる。ほのぼのとして、かわいらしい活動内容だと、思う、なかれ。


 午後三時というのは、6限の授業の真最中なのだ。


 この高校では、授業中の飲は許可されているが、食はもちろん許されていない。匂いや咀嚼音で人の勉強を邪魔するなという至極当然の配慮から決められたルールだ。休み時間であれば、早弁しようがおやつを食べようが、生徒の主体性に任されている。

 

 普通に考えれば、休み時間まで待っておやつを食べるだろう。彼らはそうならなかった。



 何を考えたのか、彼らは、『三時』のおやつというルールは頑なに守り抜くことに決めた。


 彼らが出した結論は、授業中であっても、お菓子を食べる。それだけである。


 馬鹿である。一言でいえば馬鹿である。二言目には阿呆である。

 なんで男子ってこんなに馬鹿な生き物なの、頑張るところ、そこじゃないでしょ……。私にはあまりにも理解できない。


 今日も男子高校生は、お腹を空かせている。

 授業中の先生に見つからないように、三時のおやつを食べろ。




 チクタク、秒針が時を刻む。教室の黒板の右上に飾られた時計は、14時58分を指している。お菓子同好会の四人と、私の緊張感が高まっていく。右手に持ったシャープペンシルが手汗で滑り落ちそうになった。


 なんだかんだ言いながら、私は今日もこの時間を楽しみにしている。

 私から見て二つ前の列に、左から1個飛ばしで、奏多、拓海、俊太、涼が同じ横列に席をもっている。彼らの同行が、とても見やすいのだ。この席になってよかったと、自分の席運に感謝をしたい。


 今日の先生(対戦相手)は数学の武田先生。授業中の私語にはクソがつくほど五月蝿いことで有名である。別名、鬼の武田。お菓子なんか食べていれば一発で没収の上、廊下行きにされるだろう。


 おかし同好会の面々は、鬼の目と耳を掻い潜って、無事、三時のおやつを守りきれるだろうか。

 チクタク、チクタク。戦いのときは近づいている。


 おやつ同好会の戦いの火ぶたが今日も切って落とされる。




ーーー15:00 奏多の場合--ー



 真っ先に行動に移したのは、お菓子同好会の会長、奏多である。この時間を待ちわびていたとばかりに、握っていたペンをあっさりと放し、両手をフリーにして机の中に手を突っ込んだ。


 先生が黒板に向かっているすきに、机の教科書入れから取り出したのは、江崎グリコ株式会社製の『神戸ローストショコラ』。あの袋の色は濃厚ミルクチョコレート味だろう。


 カカオと溶け合う濃厚ミルクの香りが口のなかで融けて感動の大洪水を引き起こす。ミルクチョコレートの王道ど真ん中を狙って外さない、チョコレート好きの人にはたまらないチョコが、家庭用の大袋にはいってたくさん楽しめおやつだ。

 超がつくほどの甘党の彼は、甘いものに目がない。三時のおやつは甘いものと決まっている。今日の彼はチョコレートの気分だったらしい。


 膝と机の教科書入れの間にショコラの袋を置いて、できるだけ音をださないように、袋の端のギザギザになっている部分から、丁寧に袋を割く。大袋を開ければ、一個一個、個包装を破る作業が入るが、それもできるだけ音を出さないように器用にかつ素早くこなしている。


 隠密のように、静かに袋開けという任務をこなした奏多は、大切に包まれていた大粒のショコラをつまみ、黒板に向かっている先生がしばらく振り返らないことをちらりと確認してから、大口を開けて口に放り込んで……これまた音を出さないように、ゆっくりと咀嚼する。体温でショコラを溶かして柔らかくしながら。


 さすが、お菓子同好会のエース、甘党代表、奏多。三時のお菓子を食べることについては、その執念は誰にも負けない。世界に、授業中にこっそりおやつを食べる選手権なるものがあれば、奏多は間違いなく全国大会レベルだろう。

 

 ショコラを裸にする、確認する、口に入れる、を流れ作業のように繰り返して、効率重視とでもいうように、普段は普通の男子高校生の奏多も三時だけはおやつを食べるだけのマシーンになっている。

 いったいどれだけ出てくるんだと、身を乗り出して机の中をのぞき込んだら、教科書ではなく、神戸ショコラの大袋がミチミチになるまで詰め込まれていた。いったい勉強する気があるのか、高校に何しに来ているのか。



 それでも彼は、全力で挑んでいる、彼の三時のおやつは始まったばかりである。



ーーー15:00 拓海の場合---



 奏多に遅れて、机の横にひっかけてある鞄に手を突っ込んだのは拓海。こいつは、一言でいうとアホである。


 先生に内緒でお菓子を食べるというミッションでは、よほどの馬鹿でなければ容易に想像つくだろうが、いかに静かに食べるかが勝負の肝だというのに、拓海に関しては、音の出る乾燥系おやつを好んで食してしまう傾向にある。


 彼の用意した今日のメニューは、ポテトチップス。

 しかもカルビー株式会社製、『堅あげポテト ブラックペッパー味』だ。よほどの馬鹿である。。


 ただでさえ音が出るポテトチップスを、さらに固くしてどうする!


 堅あげポテトというのは、噛んだときのバリッというあの音も含めておいしさだというのに、それを味わえない状況で食べてどうするというんだ。


 膝の上に乗せた袋を縦に裂き―袋を静かに開けるのはおかし同好会メンバーには必須のスキルであるー拓海は素早く先生の動向を確認してから、小さめのチップを選んで一つ口に放り込んだ。そう、ここまでは誰にでもできる。いや、私はやらないけど。


 直後、拓海は動きを止めた。しばらく口を動かさずに、唾液でできるだけ柔らかくしているようだ。それじゃあ堅あげポテトの良さを半減どころじゃなく減らしていると思われるが……そうまでして食べたいか!気持ちは私にも、とてもわかるし、その執念には尊敬の念を送りたいけど、けど!今じゃなくていいだろ!アホだろ!


 しばらくもごもごと口のなかで柔らかくする作業をしていた拓海だが、ついに我慢できなくなったのか、大事にしていたポテトチップスに歯をつきたてたらしい。


 教室に、堅あげポテトのパリッと割れる音が鳴り響いた。あぁもう、アホ、もう少し我慢していればよかったのに。


 唐突に鳴り響いた不自然な音に、先生が教室を振り返った。普段ならその音は、おいしさの証左なのだが、この午後の眠気が生徒を襲う静まり返った教室では悪手でしかない!


 拓海は何でもないという顔をしながら机から1本、シャープペンシルをわざと落とした。カツンと音を立てて床に転がるシャープペンシルを拾いながら、落としちゃったんだよねーみたいな顔をしないでくれ。拓海の隣の席の子が、自作自演に気づいて笑いをこらえいているじゃないか。


 先生を振り向かせてしまった拓海は、ショコラを味わう奏多から責めるような視線を向けられていた。音を出した張本人は、苦笑いを浮かべるしかなかった。




ーーー 15:01  俊太の場合---



 拓海に集中していたら、いつの間にか俊太が取り出して食していたのは、株式会社東ハトが作る『暴君ハバネロ』。有名すぎて語るまでもないだろう。言わずと知れた辛いお菓子だ。


 俊太は甘いものは一切受け付けない一方で、とんでもない辛党である。彼の三時のおやつのラインナップは、どこからそろえてきたのか辛いものばかりである。みているだけで、口の中が辛くなりそう。


 事前に家で、ラップにくるんで小分けにしてきていたのだろう。ペンケースのなかにこっそり隠しておいたオリジナル子袋を小さく開けて取り出しやすいように微調整をしていた。

 カサカサと耳障りな音を出しやすい袋を開ける作業を省略し、かつ、あの食欲をそそるにんにくの香りも必要最小限にする工夫が光っている。


 俊太は、丁寧に開いた袋から一つつまんで、そのまま口に放った。


 先ほど俊太は辛党だと述べたが、辛いものが得意でおいしいと感じているタイプの辛党というよりは、限界を超えて感じる辛さの刺激が好きなタイプの辛党らしい。その証拠に、俊太はたった一個で、顔を真っ赤にして、汗をかきながらも恍惚の表情を浮かべている。


 いいや、まどろっこしい言い方はやめよう。

 要するに、マゾヒストなのだ。


 隣の席の女子が顔をしかめている。あまりに真っ赤なリングに、本当に食べ物か?と聞きたくなる。そして、それを食べて喜んでいる俊太(ドM)にドン引いているのは間違いない。


 隣の女子が怪訝な表情を浮かべていることに気づいた俊太は、真っ赤なリングを一握りぶん、差し出した。女子は笑顔で断っている。私だって、あれは断る。というか、授業中に人にお菓子を勧めるんじゃない。



 そうこうしている間に、先生は黒板に数式を書くのをやめた。奏多も、拓海も、サッと、おやつを机の中にしまう。俊太は、焦って先生に見えないスピードで口に放り込んだ。先ほど、隣の女子に勧めていた、一握りもの量がある暴君ハバネロを。男子高校生の手で握っていた、一握りだ。それはそこそこの量を通り越して、大量と表現するべきであろう。


 私には想像できる。さっきまで一個ずつ食べて攻略していたのに、急に大量の魔王がやってくる、その恐怖を。


「じゃあ、ペンをもっていない、瀧野俊太。設問2(1)の答えは」


 あ、やばい。鬼の武田に目をつけられてしまった。自分のことでもないのに、私の頬を冷や汗がつたう。俊太は、辛さですでに汗だくだ。口のなかに大量のおやつを含みながら、おやつを食べているのをばれないように、教師の質問に答える、なんて難易度の高いミッションなんだ……!


 奏多も、拓海も、涼すらも手を止めて、俊太の様子をかたずをのんで見守っていた。口の中には暴君ハバネロがその暴君の名にたがわず、口の中で暴れまわっていることだろう。

 スゥと息を鼻から吸ってから、俊太は魔王を正面にした勇者のように立ち上がり、答えた。


「Y=x二乗マイナフ4です」


 俊太は何事もなかったかのように、椅子に座った。マイナスがマイナフと言っているように聞こえたが、何もなかったかのように座った。


「正解だ」


 鬼の武田は、また黒板に向かい、答えを書き写していった。


 あっぶなかったじゃないか。こんなスリル、授業中に味わうものじゃない。

 俊太は、ゆっくり咀嚼を始めた。とにかく今日は、俊太の勝利を祝おうじゃないか。



ーーー 15:05  涼の場合---



 奏多、拓海、俊太が快調なスタートダッシュを決めるなか、一人、うとうとして三時に遅れていた涼、しかし焦ることはなく、鞄から10センチ四方の箱を一つ取り出した。

 

 箱入りおやつ?おやつ同好会にしては珍しいものをチョイスしたな、と思いながらよくよく目をこらしていたら、パッケージに描かれたお菓子に、見覚えが……。


 涼、あいつ、まさか。私はごくりと唾を飲み込んだ。


 黄色く渦を巻くロールケーキに、ツヤツヤ輝く紫の刺し色。

 『よいとまけ』だ。『よいとまけ』じゃないか!



 北海道苫小牧市の老舗製菓、三星で販売されている、ロールケーキのあろうことか外側に甘酸っぱいハスカップジャムをこれでもかと塗りたくった、うまさと引き換えに手をべたべたにしなければ食べられないという日本で一番食べにくいお菓子じゃないか!

 大自然の恵みあふれる北海道、ハスカップの名産苫小牧市だからこそ出せる味で、私もお土産でもらったときは、あのハスカップジャムの野性的な味とロールケーキの自然な甘さのハーモニーに感動したなぁ……。


 最近はハスカップジャムの上からオブラートで包んであるため、手でつかんでもすぐにはべたつかず、また、超音波振動スライサーにより、カットされた状態で販売されていることから、食べやすさが多少改善されているが……それでも、授業中にばれないように食べるにはどうするのか。少しでも手についたらこの後の授業は、授業どころではなくなるが。


 椅子を少し引き、膝の間によいとまけの入った箱を足で固定した涼は、家から持参した小さいフォークを両手持ちした。なるほど、フォーク持参なら、手を汚さず食べることができる。音もでにくいおやつだし、いい選択じゃないか、と思い始めた途端、涼は両手のフォークを器用に動かしながら、よいとまけのハスカップジャムの層の表面をめくり始めた!


 は?何をしている?疑問はすぐに解消された。

 

 涼は、オブラートを、剥がしている!

 見間違いかと思って目をこすってみても、やっぱり、剥がしている。


 食べる効率を考える上では全く必要のない作業!それをあえてやる理由!


 なぜだ、涼。そんなにオブラートが嫌だったのか。少しでも食べやすくなるようにと、企業が努力した部分を無にしてもいいくらい、オブラートが嫌だったのか。


 オブラートはジャムにべったりくっついているのだから、ハスカップジャムもオブラートと一緒に剥がれ、ロールケーキの表面はえぐれていく。ボコボコにクレーターをあけながら、よいとまけは普通のロールケーキになり始めている。ハスカップジャムーオブラートを添えてーとロールケーキとに分かれていく、よいとまけ。誰がこのような食べ方を想像しただろうか。よいとまけ、アイデンティティー、喪失。

 

 

 可哀想に。三星が泣いているぞ。私も泣いている。



ーーー 15:30 ---



 古びたスピーカーから、6限修了のチャイムが鳴る。やっとこの時間が来た、とばかりに、今まで夢の世界に旅立っていた生徒たちも徐々に帰還している。

 奏多、拓海、俊太、涼の四人は授業の終了の号令の前に、アイコンタクトを交わした。

 涼はよいとまけのオブラートをめくる作業に終始していただけで何も食べていないが、これでひとまず、本日の三時のおやつは終わりだ。


 鬼の武田が教室を出ていった後、四人は、立ち上がって肩を組み、互いの健闘をたたえあった。今日も、教師にばれることなく、食べきった。


 私はいつの間にか、一筋の涙を流していた。やるじゃん、おやつ同好会。やるじゃん、男子高校生の食欲。


 今日の三時は終わった。また明日も、明後日も、何度でも三時はやってくる。

 おやつ同好会の戦いは、まだ始まったばかりである。



 私は、授業終わりに、教室の前のほうに座っている友人に声をかけた。


「帰り、コンビニ行こ」





勝手にお菓子を使いました。該当する企業様、ごめんなさい。どのお菓子もおいしくて好きです。お詫びに公式ホームページの商品ページのURLだけのってけおきます。


・江崎グリコ株式会社様 神戸ローストショコラ

https://www.glico.com/jp/product/chocolate/koberoast/305/


・カルビー株式会社様 堅あげポテト ブラックペッパー

https://matome.agilemedia.jp/kataage-ouenbu/


・株式会社東ハト様 暴君ハバネロ

https://www.tohato.jp/s/products/


・株式会社三星様 よいとまけ

http://yoitomake.jp/yoitomake.html



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