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そして、私の頭を悩ませることはまだある。
王太子マーティン殿下のことだ。
時候の挨拶はもちろん、毎月季節の花の花束が届くし、パーティー毎にご招待を頂いている。
領地の内情が不安定なため毎回の参加はできないし、正直に言えば独りでいる時間が長すぎたため、賑やかで華やかな世界はまだ馴染めずにいた。マナーも自信がないため、できるだけそういった場は避けたいのが本音だ。
主要な催しや、繋がりを持ちたい相手が参加されるようなものには出席している。
ほとんど欠席させて頂いているのだが。
王太子殿下も特に無理強いはしないし、欠席だと労りのお手紙をくださったり、私が手がける事業について(例えば治水事業ならば治水に関する)本を贈ってくださったり、その専門家の紹介をしてくださるのだ。
お忙しいのに「私のための」贈り物。若い令嬢としての装飾品などではなく、本当に私が欲するものをよく考えてくださっていることに感謝している。
エドワード殿との関係も悪くはないが、男女としては何もない。
婚約したのは気のせいかと思うほどだ。
デートもしていなければ手を繋いだこともない。
2人きりで会うというのがデートというのならば毎晩仕事終わりに私の部屋で2人きりで逢瀬を重ねている、と周囲からは見えよう。
会議にかける前に方針を確認したり、新たに問題がないかなどを話し合っているだけで、何も艶っぽいようなことはないのだが。
エドワード殿の誠実さはオリバー殿譲りなのだろう。
言葉には出さないが、1年は恋人のようなことはせずに私の気持ちが固まるのを待ってくださるようだ。
お2人とも私にはもったいないようなできた方々だ。
人間性を尊敬している。
お2人とも誠実で優しく、未熟な私を支えてくださっている。
早く一人前の領主として周囲からも認められるよう頑張りたい。
そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。エドワード殿だろう。
「クレア様、失礼致します。」
相変わらず礼儀正しい。
「エドワード殿、私たちは婚約していますし、もう『様』を付けるのはやめませんか?クレアで結構ですよ。エドワード殿は未来の旦那様ですもの。」
私がそう言うと、エドワード殿も反論する。
「クレア様、私はあくまでも『現状婚約者内定』の立場に過ぎません。ここの領主はクレア様、あなたです。仮に婚姻を結んだとて、領主はあなたのままで、私はただの配偶者なのです。強いて言うならば貴族の仲間入りするくらいで、私自身の身分はあなたよりも下なのです。クレア様を呼び捨てににはできません。」
誠実すぎてかなりの頑固者。