81
自室へ戻ると、エレナが食後のお茶を持ってきてくれた。
柑橘系のさわやかな香りがする。
「クレア様、難しいお顔をなさっていますよ。そんなお顔をされてもなおお美しいのは羨ましいを通り越してずるいと思います。」
エレナはそう言うと微笑んだ。
「エレナのその微笑みこそ慈愛に満ちた聖母のような温かい笑顔ですけどね。私にはそのような表情は作れませんから。」
自然にも、意識的にも、感情表現がうまくできないのは今後も私にとって克服すべき課題だ。
それにひきかえ、エレナは表情や声音、言葉選びに長け、人を笑顔にできるし、場の空気を良くできる。
「クレア様が心から笑顔を見せてくださったときはもう、皆が虜になるような最早犯罪級に罪作りでございますよ。私だって女だてらにクレア様に心底恋慕の情を抱きそうになりますもの。」
「褒めあってるわね。私ももっと感情を出すことを意識していきます。エレナは私のお手本よ。話し方や笑い方などよく見て学ばないとね、お姉様!」
お互いふふふと笑いながら、今後については今はもう考えまいと決め、先送り作戦で見送る。
エレナとハーブ園で何を育てるかや今後の展望など、楽しい話題を語り合う。
「まずは作物の生育を見守りながら確認して、土作りをしていこうと思っています。最低限の堆肥でまずはパールミントを育てて、その成長から適した土を合わせたり、栽培の適性を見極めてみます。」
パールミントはゴールドガーデンではあまり栽培していないが、ミントの一種で、蕾が真珠のように輝く白さであることから名付けられたハーブだ。
葉はフレッシュでもドライでもさわやかな芳香のお茶になり、蕾もお茶に浮かべたり、スイーツに飾ったりと使い道がある。
香りはもちろんミントの香りで、香料やアロマオイルも精製できる。
花開くとそれもまた美しく可憐な白い花で、飾っても、お茶やスイーツに添えてもステキな見栄えになる。
実は葉は染料にも使える。
名の通りパールがかった緑色なのだが、濃い染料を作るにはかなり大量の葉を使う。一株から取れる程度ではハンカチが薄い黄緑になるだけ。
栽培の難易度は中くらい。手入れ次第でうまく育ったり、失敗したりする。
ただし、この栽培に成功すれば、ハーブティーだけでなく、染物などの分野でも大いに役立つのだ。
と、エレナから力説された。
元々エレナに全ての方針を任せようと思っていたので、その案で進めることとなった。
栽培だけでなく、そこからの加工などについてまで考えていたことには驚いた。
エレナのあの様子では、パールミント栽培が成功したら更に次の計画があるに違いない。
有能な者たちに囲まれると、自分の至らなさを感じるが、同時にとても安心する。
独裁的にならずに済むし、知識や技術をカバーし合える。
何より、私に何かあろうとも、私でなくともトップに何かあっても対処できる点に安心する。
エレナも心強い有能な人材。
私の侍女という立場ではあるが、賓客として対等に接したいくらいだ。




