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なんてあたたかいのだろう。
胸の中だけでなく、声も言葉もあたたかい。
「すみませ…いえ、ありがとうございます。殿下、もうしばらくお胸をお貸しください。どうにも私は『情緒不安定』というもののようです。突然苦しくなるのです。それで涙が止まらないようなのです。」
正直にそう言うと、殿下は頭を撫でてくださる。
たしかに、私は謝る時に涙が出るようだ。
殿下はよく気がつくお方だ。
「落ち着くまでこうしていよう。落ち着いた後もこうしていたいくらいだ。役得というやつだ。私は嬉しいぞ。」
おどけたような言い方でそう言ってくださる。
殿下も、エレナも、人に気を遣わせない配慮や言葉選びが巧みだ。
「ありがとうございます。それでは遠慮なくお借りいたします。」
『すみません』を言わないからか涙が止まり始めた。
しばらくそうして、涙がおさまる。
長い時間がかかったのやら、あるいはすぐだったのかもしれない。
「殿下、ありがとうございます。落ち着いたようです。」
「いやだ。私がまだこうしていたいのだ。胸を貸したのではない。抱きしめたいから抱いているに過ぎない。このまま話しをしても良いか?」
子どものような言い方をする殿下に、少しおかしくなり微笑が浮かぶ。
「ではこのままでお願いします。昨日から私、罪悪感や後悔でいっぱいでして、領主となってからの成功も、誰かの犠牲や不幸の上に成り立っているのではないかとか、そんな私が幸せになってはいけないし、罪を償っていかねばと思うと胸が潰れそうに苦しいのです。今回の事件も、元はと言えば私が迂闊に夜の散歩なんてしてしまったばかりに起こりました。私は自業自得で済むのですが、エドワード殿は重傷を負い、殿下すら危険に晒してしまいました。この償いはどうしたらできるのかなどと考えているうちに涙が止まらなくなったのです。エドワード殿はその後どのような状態なのかご存知でいらっしゃいますか?」
涙の訳を話しているうちに、また涙が溢れる。
「エドワード殿のことは昨日馬上でもクレアから聞いたのですぐに調べた。何とか城に辿り着き、今は治療中とのことだ。全身骨折しているそうだが、後遺症は残らない見込みであると報告が来た。」
テッドが生きていて、後遺症も残らないなら良かった。本当に良かった。
「クレア、あの時の犯人の男だが、速やかに王都の兵が駆けつけ捕縛した。犯行は奴だけと申しており、共犯は居ないと。しかし、クレアは女が居たと言っていたため奴の供述は嘘だ。今まだ取り調べを行なって更なる供述が出るか調査中だ。あの小屋の周りにも兵を潜ませた。また奴らが来たら捕らえようと隠れさせている。クレアはクレアとエドワード殿の体調が戻るまでここで滞在し、気持ちを落ち着けていくと良い。」




