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「クレア、私は幸せすぎてこのまま死んでしまうのかと不安にさえなる。本当にこれは現実なのだな。」
殿下の震える声にまた切なくなる。
「はい、これは現実です。私も今とても幸せな気持ちを感じております。殿下はいつも私が知らない良い感情を教えてくださいますね。こんな気持ちがあるなんて存じ上げませんでした。」
しばらく抱きしめあうと、殿下は少し腕を緩めて私の顔を覗き込んでおられた。
「クレア、今私はそなたへ贈る花束もアクセサリーも何も無い状況ではあるが、私からも伝えたい。私はそなたを愛している。どうか私の妃となり、共に人生を歩んではもらえないだろうか?」
殿下からのプロポーズだ。
殿下のおっしゃる通り、恋物語に出てくる花束も指輪も無いが、そんなことは問題無い。
「私は王太子殿下だからお慕いしているのではありません。ですから花束も高価な贈り物も必要ありません。何も無いただの「マーティン様」でもきっとお慕いしたと思います。マーティン殿下こそ隣を歩くのが私で本当によろしいのですか?」
「むしろそなた以外は考えていない。そなた以外と添い遂げるつもりはない。そなたほど王妃の器に相応しい女も居ないぞ。だからどうか私と結婚してくれ。」
熱い視線が真剣な気持ちを物語っている。
なぜか涙が出てきた。
私の判断の期限はまだある。
今結論を出さなくとも良いのだが、私の気持ちは……
「…はい。謹んでお受けいたします。不束者ですが末長くよろしくお願い申し上げます。…なぜ涙が溢れてくるのでしょう?不思議です。」
私の言葉に殿下はまたぎゅっと胸に抱きしめてくださり、そして教えてくださる。
「それはな、きっと嬉し涙というものだ。涙は悲しい時だけに出てくるものでは無い。もし悲しくて泣いているのなら無理はさせたく無い。悲しく無いのならきっと嬉し涙だ。私も今みっともない顔をしているからお互いこうしておこう。」
「殿下の胸元が私の涙で濡れてしまいました。」
抱きしめ合いながらそう言うと、2人で笑い合った。
「構わない。もう公務は終えた。濡れようと汚れようと、破れようと何も問題無い。」
「破れるだなんて、私は熊か何かでしょうか?殿下を襲ったりしませんよ?」
そう言うと殿下は声をあげて笑った。
「淑女の鑑のようなそなたが男を襲うだなんて面白いな。」
「そ、そういうつもりではありません!からかわないでくださいませ!」
そういう解釈もできる発言であったことを理解すると、急激に恥ずかしくなった。
2人で笑いあっていると、そろそろ終了の時刻となったようで侍女や執事たちが戻ってきた。




