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「ではディアス伯、ご確認をよろしくお願い致します。」
思わず唾をゴクリと飲み込んだが、不快な緊張感は無い。
アイリーンの顔が髪でよく見えない。
髪の色や姿のシルエットとしては犯人とほとんど同じようだとも感じるが、断定はできない。
「すみません、顔がよく見えないのでわかりません。」
素直にそう伝えると、中へ指示が入った。
「囚人は顔を上げ髪をかきあげよ。」
アイリーンはドアへ視線を移し、髪をかきあげる。
犯人の女であるように思う。
あの顔はほぼ間違いない。
でも絶対という自信までは無い。
確実な決め手がなくどうしたらわかるか考えていると、アイリーンが話し始めた。
「クレア、いるのでしょう?あなたにしたこと、私は後悔なんてしていないわ。ただの八つ当たりだけどね。悪いことをしたとは思っているの。特にあなたの婚約者にはね。別にあなたに害があったわけじゃ無いからあなたに謝るつもりは無いわ。」
最早カミングアウトだ。
私が決定的な確信が無くとも、アイリーンがあの事件を起こした犯人で間違いない。
「…なぜあんなことをしたの?私に害が無かったですって?大いにあったわよ。婚約者を自分のせいで目の前で傷つけられて、気が狂いそうだったわよ。婚約も破棄になったわ。私のせいで何人もの方々に迷惑をかけてしまって、本当にどうして良いのかわからなくて、ただただ怖くて、何が怖いのかすらわからなくて、ぐちゃぐちゃになってたわよ!」
つい感情的に怒鳴るように口走ってしまった。
「でも婚約が解消できたから今度は王太子妃候補なのでしょう?婚約破棄していなくても領主としての地位が約束されて、今度は王太子妃になれれば地位も名誉も得られる立場。どう転んだって痛くも痒くも無いじゃない。本当に気に入らないわ。クレアはいつもそうだったわ。目の上のたんこぶってやつ。みんなに愛されて、みんなに望まれて、何もかも奪って失っても健気に頑張って。今では何もかもがあなたのもの。私も頑張って過ごしてきたけど、全然報われやしない。なんであんたばっかりなんでも上手くいくのよ!?なんで私は結局何も得られないの?ずるいのよ!」
アイリーンの考え方には納得できることが無いが、要は私を妬んでいるのだとわかった。
そして、アイリーンが何かを言うごとにイライラしてしまう私がいる。
「アイリーン、あなたは何か思い違いをしていると思うの。両親が亡くなってからは私には何も無かったわ。何もかもを手にしていたのはむしろあなただったわ。小屋に住み、雑草を食べ、何とか生きてきたの。家族も友達も、貴族の嗜みも何も無くね。信じられる?服や食べ物にすら困っていたのよ。あなたには想像もできないでしょう。そうして必死に生きてきたのに何が⁈どこが羨ましいと思うのよ⁈」




