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私の祈りは神に届かず、王城に無事到着してしまった。
登城の手続きもかなりスムーズに済んでしまい、いよいよ面通しのために離宮の更に端の離れのように位置する貴族用の牢へ案内された。
「ディアスゴールドガーデン伯、ご協力に感謝いたします。面通しですが、壁の小窓から覗くこともできますが、その場合は顔がよく見えない可能性もあります。直接格子越しにご対面頂く方が確実ではありますがいかがなさいますか?」
警備の責任者の方が気遣ってくださり、私に選択権が与えられたようだ。
「ではまずは小窓から覗かせてください。心の準備を整えてから直接対面できればと思うのですが、よろしいでしょうか?」
みなさんお忙しいのは百も承知している。
それでもお待たせしてしまうことは申し訳ないが、覚悟してきたつもりでもこのままさっくりと対峙できるほどのメンタルは持ち合わせていないのだ。
「承知いたしました。ではご案内いたします。もしお辛くなられるようでしたら遠慮なくおっしゃってください。決してご無理をなさる必要はございません。」
「お気遣いありがとうございます。ではよろしくお願いします。」
犯罪被害者の対応に慣れていらっしゃるのだろうか。
被害者への配慮が徹底されているようだ。
貴族階級よらず、そして平民に対しても同じ対応であれば本当に素晴らしいと思う。
そんなことを考えることですこし気を紛らさせようと思ったが、あまり周りを見て何かを考えるという余裕は無く、結局少しの恐怖を孕んだような緊張感が押し寄せてくるのだった。
スカートの下で膝が少し笑っている。
膝では無く顔が笑えれば良いのに。
一歩一歩前へ進むたびに足が重く、体が押し潰されそうな感覚を覚える。
立ちくらみのように目の前がうっすら暗くなり、音も遠ざかっていくのを感じだが、ふとマーティン殿下の優しい声が幻聴として聞こえてきた。
『クレア、そなたなら大丈夫だ。そなたは独りではない。自分で立てなければ支えてくれる者が大勢いることを忘れるな。』
直接言われたかのようにはっきりと聞こえ、そしてからだが暖かい何かに包まれているような、守られているような気がした。
面通しの扉まであと数歩のところで私の中から迷いや戸惑い、恐怖が消えたのを感じる。
背筋を伸ばして、深呼吸をひとつ。
これでもう大丈夫だと感じた。
アイリーンが誘拐事件の犯人なのかの確信までには至らないが、少なくとも長年の扱いの中で彼女を怖がる必要はない。
あの犯人であったとて、今更怖がる必要はない。
はじめからわかっていることでも、自分の中でようやく腑に落ちたようだ。




